『祖父と私』

『雪』

『祖父と私』

  私が初めて祖父へ抱いた印象はとても気難しそうな「怖い人」だった。

 記憶に残っている祖父はいつでも不機嫌そうな表情をしていて、笑った所なんて一度たりとも見た事は無かった。それに口数も決して多い方では無く、当時はまだ存命だった祖母はおろか、他人との会話ですら「ああ」や「いや」といった最低限の意味を持たせた単語を用いて意思疎通を行っていたのだから、子供ながらに感心したものだ。

 そんな不愛想の化身とも言うべき祖父に対し、子供であった私がどうにも取っ付き辛いと感じるのも無理はなく、小学校の頃は夏休みや冬休み前といった長期休暇の際に、祖父母が居る田舎に帰るのが楽しみだと言う友人達がたまらなく羨ましかった。

 だから関係性が冷えきっていた両親が中学一年の半ばで離婚するのだと聞かされた事よりも、母と共に祖父と暮らすという事実の方がずっと衝撃的だった事を今でも覚えている。


 住み慣れた街を離れ、片田舎といった風情があるのどかな町に越して来て暫く経ち、母の旧姓である「綾瀬」という苗字にもようやく慣れ始めた頃、私はかつて感じていた祖父への印象に大きな誤りがあるのではないか、と思うようになっていた。

 確かに祖父は常に不機嫌そうな顔付きで何となく近寄りがたいし、勇気を持って話し掛けてみても、まともに会話が続かないのだが、どうもただ人付き合いが不器用なだけのような気がしてならないのだ。

 例えば、ある休日にお茶の間で母と食べていたお菓子を「これ、美味しいよね」と二人で話していたところを聞いていた祖父が、その翌日には件のお菓子が山のように積み上げられた段ボールを持って帰ってきた事があった。

 賞味期限が長めのスナック菓子であった為、どうにか頑張って食べ尽くす、或いは無駄になる前に近所に配る、といった手段を使わなくて良かったのは不幸中の幸いだろうか。

 私達の微妙な反応を見て祖父はバツが悪そうに頬を掻き、他所に視線を向ける。母は苦笑いを浮かべつつも、こんなにあっても置き場所に困るわよ、と至極真っ当な意見を持って祖父を詰めていた。

 ちなみに祖父曰く、このお菓子は他所から貰って来たそうだが、流石にこの量を貰ってくる事はなさそうなので、私の為に何処かで箱買いしてくれたのだろう。

 この一件以降は流石にドカ買いは鳴りを潜めたものの、私が肯定的な意見を出した物を突発的に買ってくるのは恒例となった。だが不思議と物で釣られている、という気は全くしなかった。それはきっとあのプレゼントからは祖父の不器用な愛情を感じられたからではないか、と今になって思うのだ。


 大きな転機が訪れたのは私が高校生になった年の事だった。

 地元にあった唯一の高校は私が中学校を卒業するタイミングで隣町にある高校と合併する事になった為、私を含めた多くの地元中学生達は必然的に其処へ通う事になった。

 始めは電車で通おうかと思っていたのだが、地元を走る電車は本数が余り多くない為、一本逃すと遅刻間違いなしというシビアな時間管理が要求される。

 朝にはあまり強くない為、どうしたものかと悩んでいたのだが、合併による通学地域の拡大に伴い、バイク通学が可能になるという話を友人から聞いた。

 祖父が定期的に乗ってたという事もあり、バイクには以前から興味があったので、私は免許を取得し、バイクで通学する事を決めた。

 なけなしの貯金とお年玉の前借りで免許合宿に赴き、朝から夕方までみっちりと講習と実技に励んだ。普段身体を動かす習慣が無かった為、初日以降は常に筋肉痛に悩まされる事になったが、そのお陰でというべきかルームメイトとは現在まで続く交友関係を築くことが出来たので、結果オーライだろう。

 卒業試験にも無事に受かり、後は免許センターで筆記試験と適正検査を残すだけとなった。

 大量の荷物を抱えて帰ってきた私は祖父が患っていた持病が悪化し、入院となったという事を母から告げられた。私は荷物を放り出して病院へ向かい、医師から一週間程度の入院で問題無いという話を受けてホッと胸をなでおろした。

 病室で「心配を掛けたな」と謝る祖父に「気にしないでよ」と伝え、「退院したら一緒にツーリング行こうね」と約束をした。

 だが、医師や私達の期待とは裏腹に祖父の容態は急変、その日の内に祖父は帰らぬ人となった。

 その最期はあまりにもあっさりし過ぎてまるで実感が無かったのだが、葬式が終わって仏壇の祖母の隣にいつもの仏頂面の祖父の遺影が飾られ、そこで漸く祖父はもういないのだと実感した。




 バイクを路肩に止め、エンジンを切る。年季が入ったゴーグルを外し、ヘルメットを脱いで一息付いた。零れる吐息は白く濁り、晒した素肌には染み入るように真冬の冷気が纏わり付いてくる。革製の分厚いグローブを外し、ヘルメットの中に押し込むと荷台に取り付けられたリアボックスに仕舞う。

 背負っていたリュックサックの荷物が乱れて居ないかを確認すると砂利を踏みしめ、コンクリートブロックで細かく区分けされた墓地の狭い通り道を進んでいった。

 五分ほど歩き、祖父母とその祖先が眠る墓石がある区画まで辿り着くと道中で汲んできたバケツいっぱいの水に持ってきた新品の雑巾を浸す。真冬の水は氷のように冷たく、悴む指先に泣きそうになりながらも私は目の前の墓石を洗い始める。

 今日は祖父の命日だった。

 此処の管理人さんはマメな人で定期的に様子を見にきてくれているみたいだし、私も祖父母それぞれの命日にそれぞれ手を合わせに来るという事もあって、そこまで目立つ汚れも無かった。

 誰も居ない墓地で凍えるような寒さに耐えながら、意地と気合で墓石を洗い終えるとリュックサックから新聞紙で包んだ墓花を取り出して形を整える。生前祖父がよく食べていた近所のスーパーの豆大福とペットボトルのお茶も合わせて供え、静かに手を合わせた。


 この一年で起きた色々な事をざっくばらんに祖父へ話す。楽しい事、嬉しい事、悲しい事、苦しい事、生前は私が抱いていた苦手意識もあってあまり話せなかったから、こうして今更だとしても話込んでしまうのは仕方がないのだと思う。

 手を合わせたまま近況の報告をしていると、静かな墓地に突如として突風が吹き付ける。肩口で切り揃えたショートボブの髪を手櫛で整えてから立ち上がり、路肩に止めたバイクが倒れていないかを確認する。

 幸いな事に此処から見る限りでは、バイクに全く動きは無い。あのバイクは祖父が残してくれた大切な形見の一つだった。





 祖父の葬式が済んで暫く経ったある日、家に電話が掛かってきた事があった。祖父が通っていたバイクショップからで、要件を聞いてみると祖父が私の為に買ったバイクの調整が済んだから取りに来て欲しいというものだった。

 バイクショップで見たものはかつて祖父が乗っていたバイクに似たフォルムの綺麗なバイクだった。

 店員さんが言うには祖父が乗っていたバイクの後継モデルとの事で、乗りやすさを重視して一部のパーツを変更しているらしい。

 私はバイクそのものについては素人同然であったが、店員さんは嫌な顔一つせずに丁重な説明をしてくれた。引き渡し書類にサインをしていると店員さんから一通の手紙を渡された。祖父からバイクを引き渡す時まで預かっておいてくれと言われていたらしいその手紙を鞄に仕舞い、私は自宅へと戻った。

 母にバイクの事を説明した後、自室でバイクショップで受け取った祖父の手紙を開いた。手紙の内容は至ってシンプルであり、高校への入学に際しての祝いの言葉、バイク乗りとして気を付けなければならない事、そしていつかツーリングに行こうという趣旨の内容だった。

 視界がじわりと滲み始める。手紙にポタポタと涙の雫が零れ、和紙を濡らした。手紙を机に置き、私は布団に飛び込む。枕に顔を埋め、声を押し殺すようにして泣いた。お通夜も葬式でも泣かなかったのに、何故なのかこの時だけはどうしようもない程に、涙が溢れて止まらなかった。




 お供え物はその場で頂き、墓前で祖父に「またお盆に来るね」と別れを告げて背を向ける。道中の水道で借りていたバケツや柄杓を返却し、コンテナにゴミを捨ててゆく。

 たっぷりと時間を掛けてバイクを止めた路肩まで戻ってくる。来た時より幾分かは暖かくなったが、墓地には相変わらず誰もいない。

 祖父が残してくれたバイクに乗り続けて、今年で十年目になった。日頃から自己メンテナンスも欠かさないし、丁重に乗る事も心掛けてはいるのだが、どうしたって経年劣化は免れず、不調は増えてゆく一方だ。

 このバイクで走る事が出来る時間もそう長くはないだろうとシートを指でなぞる。祖父との突然の別れのように後悔は無いようにと出来るだけ長く、そして色々な場所を走る事を心掛けて来たが、いざその時が近付いて来るともう少しだけと新しい欲が沸いてきてキリがない。こんな調子なのに悔いの無い終わりを迎える事が私に出来るのだろうか。

 喉元まで競り上がってきた溜め息を飲み込んで、リアボックスを開けた。取り出したヘルメットを被り、ゴーグルと手袋をしっかりと嵌める。

 祖父の命日にはもう一つやるべき事があった。私はバイクを走らせ、乾いた風を切って進む。それはもう二度と叶うことのない私達の約束。かつて祖父が乗せてくれた際に回ったツーリングコースをたった一人で行く。

 短いトンネルを潜る際に吹き付ける風が一瞬だけピタリと止んだ気がした。静寂を振り払うように聞き覚えのあるエンジン音が聞こえる。

 フィクションでも無いのにそんな事がある筈がない、そう思いながらも私はミラーを見ようとした。

 だが、それより早く私のバイクはトンネルを抜けてしまった。墓参りの時には見られなかった太陽の光がミラーに反射し、思わず視線を反らす。

 次の瞬間にはトンネルを潜る前と同じように風が吹き付けて、辺りの音を全て掻き消してしまった。ミラーには通り抜けた道路が映るばかりで、私以外のバイクはおろか車すら見当たらない。トンネルで反響した私のバイクの音がそう聞こえたのか、或いは。

 有り得るはずのない想像なのに、口の端が三日月のように吊り上げるのを感じる。私はスロットルを開き、更にバイクの速度を上げた。

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