第14話・離せない距離

 カランカラン。


「ありがとうございました~」


 お腹いっぱい食べて、大満足なランチを終えて店を出た。


「あの、本当に良かったんですか? お金、私の分まで」


 小晴は傘を開きながら、自分の分までお昼代を払ってくれた拓也に申し訳なさそうな顔で尋ねた。すると拓也はなぜか、面白い生き物でも発見してしまったみたいな顔をして笑みをこぼす。


 頭にクエスチョンマークが並ぶ小晴の顔は、分かりやすく怪訝だ。拓也はやっと笑いを納め、口を開いた。


「うん。俺が払いたいから払っただけだし。小晴ちゃんは、俺とのデート楽しんでくれたら嬉しいかな」 


 改めてデートと言われてしまうと、やっぱりこの空間、いや時間すべてを意識してしまう。リラックス出来ていたはずの小晴が、またぴしりと固まった。外の気温は少し肌寒いくらいなのに、なぜか耳だけ熱く感じる。


「小晴ちゃんとデート。本当に楽しみだったよ」


 追い打ちをかけるように、拓也は言葉を紡いだ。

 今、小晴の目の前にいる拓也は、――物腰柔らかで、誰にでも優しくて、サークル内では頼れる先輩であるはずなのにーー優しいというより、固まる小晴を気にするどころか逆に楽しんでいるようにも見える。


「今日の服も、俺とデートするために選んでくれたんでしょ?」


 傘を開いた拓也が意地悪く笑った。やっぱり上手。1枚どころか2枚も3枚も、拓也は手強い。拓也の言うことは何も間違ってはいないけれど、自信満々に本人から聞かれると素直に頷けない。


「手繋ぐ?」


 反射的に小晴は、首を横に振った。「残念」と言う割に、ダメージは受けていない。やっぱり拓也は楽しんでいる。彼の目は、すごく意地悪で、とっても楽しそうだ。それくらい私にだってわかる。


「なに見よっか、見たいものとかある?」


 悩んだけれど、すぐには出てこない。


「俺、見たいものあるんだよね。付き合ってくれる?」


 どうしよう、と思った矢先、拓也が会話の続きを拾った。


「なに見るんですか?」


 自然と小晴の口から言葉が出る。


「かわいい小物」

「好きなんですか?」

「うん、意外と。引いた?」


 微かに笑いながら、拓也は小晴を見た。


「拓也さんの持ってるスタンプ、全部かわいいですもんね」


 小晴は、思い出して笑う。なんだか自然に笑えている。拓也のことを知れるのは、ちょっと嬉しいかも、なんて思った。



 *



 拓也に案内されるがまま、一つの建物までやってきた。


「ここですか?」

「うん。ここ全部雑貨屋なの。1階から4階まで。すごいでしょ」

「へ~、すごいですね!」


 小晴の声がワントーン上がって、弾む。


「色んなものが沢山あって、結構見てるだけで楽しいんだよね」


 ナチュラルな会話をしながら雑貨屋さんの入口をくぐる。


「うわ、素敵」


 中は天井から吊り下げられた照明から壁一面まであらゆる雑貨がところ狭しと並んでいる。建物の入り口付近にもカラフルな椅子やお洒落なテーブルセットが並べられ、目を引いていたが、中はそれ以上に鮮やかだ。


「気に入った?」

「はい。目移りしちゃいますね」


 拓也は、ちょっと嬉しそうに笑った。







「あ、ねえ。小晴ちゃん」


 二人で雑貨を見て回っている最中、一つの棚で立ち止まった拓也が小晴に声をかけた。


「なんですか?」


 拓也とは違う場所を見ていた小晴が視線を向ける。


「見てこれ。今日の俺」

「……ふふっ」


 小晴は思わず吹き出す。そこには、小さな犬がしっぽを全力で振って、舌を出して笑っている置物が陳列されていた。


「なに言ってるんですか」


 笑いつつ小晴は、拓也に軽くツッコミを入れた。


「この犬、今日小晴ちゃんに会えて嬉しいって言ってる」

「言ってない。言ってない」

「えー。言ってるけどなあ。こいつと俺、いま以心伝心中だからさ」


 また小晴は吹き出した。拓也にもこんな一面があるんだと、ちょっと新鮮な気持ちになる。


「こっちは、小晴ちゃんだね」 


 拓也が隣の大人しそうな犬を指す。


「ほら。仲良し」


 しっぽを振る犬と待つポーズの犬は、確かに対のように並んでいる。


「もうっ、」


 ドキドキしながら、笑って、普通に話して、ツッコんじゃったりもして。隣にいるのが苦痛じゃなくて、なんだろう。なんだっけ、この気持ち。

 今日、すっごく楽しいな。

 小晴は、自分でも気が付かないうちに自然体で拓也この隣を歩いていた。



 *



「ちょっと疲れた? カフェでちょっと休憩でもしよっか」


 雑貨屋を出て、少し外をぶらついたあと拓也が言った。


「足痛くなってない?」

「大丈夫です! 足痛くなりにくいのにしました!」


 気遣ってくれた拓也に心配させないように、ちょっとだけ小晴は胸を張ってみせる。


「うわ、できる女子じゃん」


 拓也の笑顔に、ドキンっと胸が躍った。いつもより無邪気で、屈託なくて…――。


(なんか、…拓也さんかわいい…)


「褒め過ぎですってば」


 ちょっとぶっきらぼうな照れ隠し。


「ふふ、じゃ。いこっか」

「はい」


 小晴の移り変わる心の温度がきっと全部わかってる拓也は、何も言わずただ笑うだけだ。

 もうすぐ終わっちゃう。なんだか少し寂しい気持ちだ。






 カフェは、少し落ち着いた雰囲気のお洒落な喫茶店だった。オレンジ色の照明と店内に飾られた存在感のあるフラワーアレンジメントが印象的だ。二人掛けのテーブル席の他に、大きなダイニングテーブル席やゆったりとしたソファー席、テラス席もある。ランチでもディナータイムでもない今は、利用するお客も疎らだった。店内に流れるゆったりとした心地よい音楽が、外の喧騒を遠ざけて静かな空間を作ってくれていた。

 ふたりは窓際の席に腰を下ろした。


「雨、止みそうだね」


 陽の光を店内に取り込むように設計された大きな窓から、拓也は空を見上げた。いつの間にか色濃かったグレーが薄い色へと変化している。


「本当だ」


 小晴も一緒に窓の外へ目を向ける。しばし、二人の間に心地いい静かな時間が流れた。


「今日、誘ってよかった」


 小晴が、カフェラテを一口飲んだタイミングだった。カップを持ったまま、小晴は拓也を見た。ふんわりと優し気に細められた瞳と目が合う。ドキッと心臓が音を立てた。


「わたしも……、楽しかったです」


 小晴は、動揺したことがばれないように、カップをテーブルに置きながら視線も下に落とした。


「今日は、その。ありがとうございました…」


 小晴は小さな声でお礼を言った。本当に、今日はとても楽しかった。待ち合わせをするまでは、緊張して吐きそうなくらいだったけど、いつの間にか拓也との会話を普通に楽しんでいた。それもこれも、きっと拓也のお蔭だろう。小晴が緊張しすぎないように、たくさん気遣ってくれていた。


「こちらこそ」


 優しくて、どこか甘くて、ぞくっとする少し低い声が耳を撫でる。


「今日、いつもより素の小晴ちゃん見れた気がする」


 見なきゃ良かったかもしれない。

 小晴は、顔を上げて後悔した。無邪気な笑顔とは違う、年上の男性を感じさせる拓也の笑みは心臓に悪くて、またあのバクバクと全ての音を遠ざける煩い音が耳の奥で鳴った。







 カフェを出る頃には、すでに雨は止み、雲の切れ間から晴れ間が覗いていた。まだ青が広がる空の遠くの方で、夕時を知らせる赤色が滲んでいる。先に階段を降りていた拓也が、一番下に着いた時に小晴の方を振り返った。

 なんだろう、と小晴は拓也を見つめる。


「はい。手」


 自然と差し出された手に驚いて、ちらりと拓也を盗み見る。エスコートの延長のようなもの、なのだろうか。小晴は少し悩んだ末、躊躇いがちに拓也の手に自分の手を重ねた。きゅっと指先を拓也の手が包む。

 触れた手が、否応なく頬を染めさせた。拓也の様子は何も変わらず、小晴をスムーズに階段の下へ誘導してくれた。


「あ、っと。えっと。ありがとうございます」


 ドキドキしながら階段を降りた小晴は、お礼と一緒に拓也の手を離そうと手から力を抜く。しかし小晴が離した手を、逆に拓也が引き寄せて、指先だけだった温もりが手のひら全体を包んだ。


「駅までこのまま手繋いでていい?」


 ひゅっと、息をのんだ。覗き込んだ瞳の奥にチラつく熱は、さっき見たものととてもよく似ている。しっかり繋がれた手と、近づいた距離に心臓が破裂しそう。


「嫌だったら離して。無理強いしたくないから」


 拓也に手を引かれる。

 どうしよう。ドキドキが治まらない。


 今までどうやって、拓也と話していただろうか。さっきまで普通に出来ていたことが一つも出来なくなる。拓也の顔なんてもう見られなかった。話す余裕なんて、少しも残っていなくて、息をするのもやっとで。だけど―――、優しく繋がれた手は振りほどけなかった。ただ無言で、駅までの帰り道を二人で歩いた…―――。

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