第5話・冗談にしては、近すぎる

「こは~」


 先に小晴を見つけた朱音が「こっちこっち」と手招きをする。メッセージの通り、小晴以外みんな揃っていた。


「みんなおはよ」


 椅子を引きながら挨拶をする。


「昨日は、ちゃんと帰れた?」

「もう、お酒飲んでないんだからちゃんと帰れるよ」


 まるで小晴の姉のような朱音の言い方に自然と笑いが漏れた。いつも通りの空気感にちょっとだけ心が落ち着く。


「1限からお疲れ様」

「おはよう。昨日の疲れちゃんと取れた?」


 みんなが次々に声をかけてくれて、ちょっとの照れくささと嬉しさがじんわり胸にしみる。


「陽ちゃんもお疲れさま。玲央くんも。うん、取れたよ。大丈夫! でも、みんなも同じじゃない?」

「いや、小晴は途中で疲れてたように見えたから。まあ元気ならいいよ」


 取り繕っていたつもりだけど、玲央にバレていたらしい。顔が整っているせいで一見冷たそうにも見えるが、案外誰よりも友だち思いな玲央に小晴は悪戯がバレたような顔で笑った。


「まあちょっとだけ。でもみんながいたから楽しかったよ」


 素直に気持ちを口にすれば、疑い深い視線が消える。彼の真偽を確かめようとする視線は鋭いが、そういうところも含めて怜央は素敵な人柄をしていると思う。


「悠真くんとたっくんいるとねえ。ちょっと場が盛り上がっちゃうから」


 飲み会の話題から陽介は、昨日の出来事を思い出したように苦笑した。たっくんという言葉に小晴は少しだけ動揺したが、顔には出さずにすんだ。


「でも来る予定じゃなかったよね?」

「まあ、来れたら行くくらいだったんじゃん? 知らんけど」


 怪訝な態度がありありと出ている朱音にテキトウな返しの怜央。いつもと同じ、楽しいテンポの会話だ。


「そういえば。朱音ちゃんって、なんでいっつも悠真さんたち来ると最初嫌そうな顔するの?」


 ふと浮かんだ疑問を小晴は朱音に尋ねた。思えば、朱音は最初からそんな感じだった。遠くから見てる分には、アイドルさながらに楽しんでいるのに、近づかれると少し嫌そうな顔を毎度する。


「そんなの他の人たちに目つけられたくないからに決まってるじゃん」


 さも当然と言いたげに、目を少し丸くさせた朱音が答える。その間に一瞬足りとも迷うような様子はなかった。まるで気づいてなかったのかと言われているみたいに感じた。でも、小晴は朱音の言う道理が分からずただ首を傾げた。


「も~、こはのにぶちん。私ら、顔”だけ”が異常に良い怜央と人当たり天使な陽くんといつも一緒にいるんだよ。しかも漫画かってツッコみたくなる設定持ちでしょ。これでみんなの憧れの悠真さんと拓也さんにまで可愛がられちゃったら嫉妬の渦にダイビングするようなもんだって。飲みの場で目立ったってぜっーーーたい良いことなんて一つもないから!」


「おい。顔“だけ”ってなんだよ。顔“だけ”って」

「だって、怜央は本当に顔“だけ”最高じゃん」

「おーーーい」


 二人のテンポよい掛け合いに、また笑ってしまう。

 でも、そうか。そういうものか。小晴は、朱音の言い分に妙に納得できてしまった。

 だけど、何でだろう。少しだけ胸の奥がチクっと痛む。


「まあまあ、怜央落ち着きなって。そこ怜央の長所だから」


 陽介は「ダイジョーブ!」と怜央に向けて親指をぐっと立て、なぜかキリっと顔を決めた。絶妙に面白くないところがまた面白い。


「そもそもさあ。天使とイケメンが悠真さんと拓也さんの幼馴染で小・中からエスカレーターなんてどんな世界観!? やっば、これ元に恋愛シミュレーションゲームの動画でも作ってみる?」


「絶対無理。断固拒否」

「あはは。僕も遠慮しとく」

「それ、絶対内輪ネタだよ」


 小晴もクスクスと笑いをこぼした。


「なになに。お前ら面白そうな話してんじゃん。やるんなら実況くらいしてもいいけど?」


 突如、小晴の頭上から声が落っこちてきた。小晴たちの笑い声を切るような、少し低いやけに通る声だ。


「悠真じゃん」

「悠真くん」


 怜央と陽介の声が重なる。


「こっち来たんだ。珍しいね、いつも反対行くでしょ?」

「たまたまな。授業終わりに顔出したら、お前ら見つけたから混ぜてもらおうと思って」


 陽介の言葉に悠真は、にやっと歓声でも上がりそうな笑顔を浮かべる。朱音は一瞬だけ「うわ~っ…」という顔をしたけれど、それもすぐに立ち消えた。まるで最初からそんな顔していなかったかのような一瞬の出来事だった。そして、あっという間に悠真は最初からそこにいたかのように、この輪の一員と化していた。


(相変わらず仲良しだ)


 小晴は、輪から外れたまま少しほっこりした気持ちで彼らの会話を聞いていた。


「小晴もな。昨日頑張ってたろ。来てくれてありがとな」


 不意打ちだった。自然と向けられた視線に小晴の目が丸みを帯びる。


「えっ、あ。こちらこそ……っ!」


 想定外の出来事で、言葉が突っかかる。


「うんうん。いいこいいこ」


 ぽんぽんと当たり前のように頭を撫でられ、ぴきっと身体が硬直する。まるで小晴が、就学前の小さな子どもみたいな扱いだ。当然、小さな子どもでもない小晴からしたら、悠真はただの異性の先輩ということで触れられれば変に緊張してしまう。


「おい。不用意に触んな」

「ダメダメ。それアウトだから」


 怜央と陽介に一斉にかばわれて、なんだかこの場が居たたまれなくなる。しかし、いまだに頭には悠真の手がある。当たり前だが、意識せずにはいられない。相手は、ただの異性ではない。あの悠真だ。


「え、こわ。お前らモンペじゃん」


 大袈裟なリアクションで悠真の手が小晴の頭からやっと離れた。スポイト一滴くらいの後ろ髪を引かれる気持ちと、大きな安堵感がやってくる。


「そういうのは本当に他の女子にやれって」

「そうですよ、悠真さん。”節度”って言葉覚えてくださーい」


 怜央と朱音による更なるブーイングに、悠真はわざとらしく顰めっ面を浮かべた。


「うえ~。このグループってまさかの小晴のモンペ集団だったんだ」


 両手を上げて――自分は何もしてませんというポーズがまたコミカルで――、悠真の人柄も相まってふざけているのが見てわかる。


「悠真くんふざけすぎ」


 だけど、陽介が場の空気など厭わずに冷めた目で悠真を見た。二人の間に一瞬の沈黙が出来て、気まずさが訪れる。自分のために諌めてくれていると分かりながらも、自分が原因で空気を壊したような気がして気が気じゃない。ハラハラと二人を見守っていると、一呼吸置いた後に悠真が微かに笑った。


「陽、こっわ」


 声のトーンを戻して、反省している空気を醸す。なんとか繋がった空気に小晴は、ホッと胸を撫で下ろした。


「ごめんな、ふざけすぎた。嫌だった?」


 悠真から謝られて、慌てて頭を振る。むしろ、うまく乗れない自分にもわりと問題があるだろう。


「いえ、全然」

「ほんと小晴は、こいつらと違っていい子」


 にっこりと笑顔を向けられたが、やはりどこか小さい子扱いをされている。


「はい、近い近い」

「離れてくださーい」

「悠真くん、そろそろ行ったほうがいいんじゃない?」


 またしても小晴警察が発動し、悠真はほとほと呆れた顔で3人を見下ろした。


「お前ら全員過保護すぎて、娘に嫌われるタイプじゃね」


 そんなわけないと言うツッコミが各方面から起きる。


「いやいや、こいつらだいぶ鬱陶しいよな?」


 まさか自分にも振られると思っていなかった小晴は、瞬時に返事を言えずに言い淀んだ。


「ほら、小晴だって困ってるってよ」

「そ、そんなことは」


 慌てて否定すると、悠真は首を傾げた。


「じゃあ俺は、娘さんを俺にくださいってこいつらに言いに来ないとダメ?」


 思わず悠真の顔を見上げた。人懐っこさを残した綺麗な顔が視界のど真ん中に入る。いつもと変わらない軽口。でも彼と目が合った瞬間、心臓がドクンと脈打つ。ここは絶対に瞬発的に返さなければいけなかったのに、思わずを息を飲んでしまった。


「ん?」


 固まった小晴に悠真が微かな笑みを向ける。彼の口角がゆっくりと上がるのがスローモーションで見えた。なんだか全てを見透かされているような気がして、背筋にゾッとした気配を感じる。何か言わなければと答えを探し始めた時に、小晴ではない勢いのある声が沈黙を破った。


「ッだあほ!! 悠真なんかにやるか」

「そうだそうだ、悠真さんのばーか!!!」

「はあ、もう…」


 私の代わりにツッコミを入れてくれた怜央くんと朱音ちゃん。呆れて溜息をつく陽ちゃん。まるで三人の声に救い出されたような心地だった。


「はいはい。それじゃあ、未来の旦那は帰りまーす」

「「「旦那じゃない(わ)(から)!」」」


 きっと私を揶揄うのは、この3人のノリツッコミが面白いから。悠真さんも“私”だからじゃなくて、3人といる“私”だから。


(だから、落ち着け)


 落ち着け~~~。私の心臓! ワンチャンあると勘違いを起こしかけたからか、瞬間的に感じた恐怖から逃れられたからかは分からなかったけれど、心臓が忙しない。


(旦那とか言われたら、ちょっとは想像しちゃうじゃん)


 最後の捨て台詞を思い出して頭を抱える。


(バカなのかな。バカなんだ。悠真さん、自分のモテ度なんにもわかってないんだ! …~~って、んなわけあるか!)


 一人ノリツッコミまで出来るほど、小晴の心が慌ただしく荒れている。


(ああ、もう)


 小晴は、心の中で吐き捨てるようにぼやいた。


(私だからって言って良いことと悪いことって絶対ある。あの人が分かってないわけ絶対ないのに…)


 怒ってるのか、焦っているのか、喜んでしまっているのか。いつもみたいに冗談を冗談として綺麗に受け流せないのは、図書館での出来事があったせいだろうか。

 それとも、いつもより近い距離から悠真の瞳を覗いてしまったせいだろうか。


「恐るべし、モテ男」


 小晴は、まだ残る頬の熱を意識しながら、ぼそりと恨みがましく呟いた。

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