第五話 ギャン中は罠を食い破る

 カケルに向かってくるゴブリンは、全部で六体。無手の四体が団体の一番前を陣取り、二体ずつ突進してきている。その後ろに剣と斧を持ったゴブリン。


 更にその少し後ろには、こちらに向かってこない一団。弓と杖を持った二体の要注意ゴブリンが居て、それを守るように、槍を構えたホブゴブリンリーダーが立ち塞がっている。


 :なんで向かっていくんだよぉぉぉぉ

 :これは流石にやられる

 :止まったらやばいぞ!動き続けろ!


 ゴブリンの一団に向かって走り出したカケルは、遠距離攻撃二体の射線を確認して、しゃがみ込み、力を貯めてから無手のゴブリンのちょっと上を目掛けて、低く速く飛んだ。


 あっけに取られたようにカケルを見上げるゴブリンを空中から見下ろしながら、鉄パイプでゴブリンの横面を殴る形で振り抜いた。カケルの一撃を受けたゴブリンが剣と斧を持つゴブリンたちの方へ飛んでいく。


 二匹が飛んでくる同胞を手にした獲物で躊躇なく切り裂いて、文字通りカケルへの道を切り開いた時には、すでにカケルはゴブリンの包囲網をすり抜けて、槍持ちのホブゴブリンリーダーへ向かって駆け出していた。


 カケルがポケットから魔石を取り出して、槍持ちの顔面へと投げつける。

 

 :めっちゃコントロールいい

 :いつの間に魔石拾ってた?

 :思い切り良すぎて草


 尋常ではない強さで投げつけられた魔石に面食らって、一歩後ろへ下がってしまう槍持ち。その隙をカケルが見逃すはずもなく、即座に距離を詰めて、振り上げた鉄パイプを振り下ろそうとしたその時。


 カケルの首筋に、いつものピリッとくる直感が走った。自分が何事もなくこのまま鉄パイプを振り下ろす未来を強くイメージして、その未来にベッドする。


 ――『確率操作』実行。


 そして一瞬の躊躇もせず迷わずスキル実行。カケルはいつもの耳鳴りを押し殺しながら、スキルを信じてリーダーの首へ鉄パイプを振り下ろした。ゴキリという音と共に槍持ちが粒子へと消える。


 ビンッと言う空気が震える音が聞こえて、矢が射出された。空気を切り裂く音。その矢はまっすぐにカケルの頭に向かってきている事がわかった。


 ――キィンッ。


 もはや慣れっこになってしまった耳鳴りがカケルの頭の中を駆け抜けた。


 これは脳みその悲鳴か、それとも理不尽な再計算を強いられた空間の軋みなのか。


放たれた矢が何も無い空間で一瞬だけ、ゲームの処理落ちのように不自然に止まった。


 :危ない

 :後ろ後ろ!

 :これは終わったわ


 その時、天井のヒビから欠けた石が落ちてくる。当然のような顔をして落ちてきた石が、カケルに突き刺さろうとしていた矢にぶつかった。


 ガキィン。


 金属音が響き渡り、矢がその軌道を変えて、明後日の方向へ飛び去っていく。


 :は?

 :どういう?

 : 何が起きたの?


 明後日の方向に飛んでいった矢に構う事なく、再びすごい速度で駆け出したカケルは、守るものが居なくなった杖持ちを殴り倒し、ポケットの中の魔石を投げつけて弓持ちの行動を阻害した。


 剣のゴブリンが、追いついてきてカケルの前に立ち塞がる。斧のゴブリンはカケルから距離を取ろうとしている弓持ちの守護に回っている。そこに無手のゴブリン共も迫ってきていた。


 時間を掛ければ囲まれてしまう。


 一瞬にも満たない逡巡の後、構えを解いて無造作に剣待ちに近づいていくカケル。一瞬呆気に取られたような剣持ちが慌てて剣を振り上げて、カケルに向かって振り下ろした。


 それは身体能力が自分より上の者に対する攻撃としては、明らかに迂闊だった。


 簡単に半身になってその攻撃を避けたカケルが、攻撃の勢いで前に進む剣持ちの後ろに回り込む。その丸見えの後頭部に目掛けて鉄パイプを叩きつけた。


 光の粒子になるゴブリンには目もくれず、その場を飛び退ったカケル。先程まで自分が立っていた場所に矢が刺さるのが、チラリと見えた。


 軽快なステップで弓持ちを守護している斧持ちに近づくカケル。意識は弓持ちに集中したままだった。弓持ちが矢をつがえるタイミングで、カケルは斧持ちが自分と弓持ちの間に入るように身体を動かす。


 味方への誤射を嫌った弓持ちが、射線を開けようと移動した一瞬の時間で、斧持ちを真正面から叩き伏せたカケルは、そのままの勢いで弓持ちへと襲いかかっていた。


 弓持ちが矢を放つ。苦し紛れの割には精度良くカケルの顔面に向かって放たれた矢も、カケルから見て射線が丸見えの状態では当たるはずもない。


 カケルの身体強化時の人間性能を格闘ゲームで言えば、小足見てから昇竜拳を合わせて一フレーム余る程の性能だ。


 顔を捻るだけで軽く矢を避けたカケルは、ゴブリンのくせに生意気にも驚愕に顔を歪ませている弓持ちを鉄パイプで殴り倒した。


 :強すぎる

 :あとは雑魚だけ

 :あの矢が外れたのは何かのスキル?

 :本人気づいてないんじゃない


 光の粒子がたちのぼるのを感じながら、やっと追いついてきた無手のゴブリン達に向き直るカケル。強者から屠られていき、残りは僅か三体となったゴブリン達は、カケルの視線でビビって立ち止まる。


 :モンスターがビビってるところ初めて見たかもしれない

 :さっきの矢の説明求む

 :合成の再生でしょ

 :合成疑ってるやつウザい。さっきすれ違ったパーティが実在を証言してたろ


 カケルがビビるゴブリンを見て、ニヤリと笑った。あとは安全に気をつけて行う、ただの作業だった。




 全てのゴブリンを殴り倒したカケルは、適当にコメントに答えながら、水などの必須物資も詰めてあるリュックにゴブリンリーダーの魔石を詰め込んでいた。


: 絶対死んだと思った

 :さっき矢の軌道がおかしかったのはスキル?


「矢の軌道ですか?顔捻って避けたやつですか?」


 身体強化以外のスキルについて喋るつもりはさらさら無いカケルは、そんな聞き返しで煙に巻いていた。


 周囲を見渡せばまだゴブリンの魔石はたくさん落ちていたが、深層まで突破するつもりで水や非常食を持ち込んでいるカケルには、背中のリュックに空きスペースが足りなかった。


「勿体無いけど、今まで通り魔石は大きい奴か、投げ易いものだけ。殆ど捨てていきましょう」


 :マジで勿体無い

 :上位ゴブリン十三体の魔石って、いくらよ

 :二十万くらい

 :捨てるな

 :拾え拾え


 カケルが泣き真似をしながらコメントに答える。


「八百万溶かして迎えてる今、一個一万いくらの石ころをどうこうしようとは思いません」


 :草

 :泣くなよ

 :涙拭けよ


「さて宝箱を開けます。ギャンブラー的には」


 カケルはそこで泣き真似をやめて、宝箱を開ける宣言をした。視聴者は三千人に届きそうな程に増えている。


 よしっ、と呟いて自分の頬を叩いたカケル。ダンジョンに入る前にもしてこなかった準備運動を始める。


 :なんか気合い入ってね?

 :中野ダンジョンはミミックいないぞ

 :はよ開けろや

 :中身見せろ


「皆さん、コメントありがとうございます。ギャンブラー的には宝箱を開ける前に、儀式があるんですよ」


 :なんかおかしい

 :ジャージの時点でずっとおかしいけどな

 :まさか


 カケルが身体能力強化を発動し、宝箱の前で高速で立ったりしゃがんだりを繰り返し始めた。


 :え??何??w

 :唐突に始まる謎の筋トレ

 :これは多分乱数調整だな

 :残像で草

 :ギャン中、本気だなw

 :スキルの無駄遣い

 :俺の憧れの身体強化をこんな事に使わないで


「あ、コメントに正解の方いますね。乱数調整です」


 急に静止したカケルがそうコメントに返事をしながら、無造作に宝箱を開けた。




 

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