第三話 ギャン中は命を賭け金にする

 ダンジョンに入ってすぐ、ゲートを潜った所でカケルは配信を始めた。


 「どーもぉ。ギャン中」


 ローテンションで、お決まりのセリフを口にする。口を半分開けて、できるだけ魂の抜けたような顔で目だけで上を向いた。右手でハンドルを捻り、妄想の中で夢に向かって銀色の玉を打ち出せば、いつもの挨拶の完了だ。


 事前に『文字通り命賭けます』と告知したのが良かったのか、三十人の内の二人が見てくれているのか、同時接続者の数は二。カケルにとってはとても大きな喜びだった。


 :バカにしてんのか


 さらにコメントまでもが流れてくる。怒られているのに、カケルは思わず笑顔で答えてしまった。


「コメントありがとうございます」


 相手からの返事はなく、一瞬の静寂が流れる。


「さぁ、私、ギャンチュウ。ギャンの中でございます。ギャンブルが大好きなんでございますけれども。今日は文字通りね、命。命を賭けていこうと思います。題して」


 :ダンジョンに潜る格好じゃねぇだろ


 またもコメントが流れる。


「コメントありがとうございます。題して、中野中型ダンジョン、ソロで踏破してバズりたい、でございます。いぇーい、ぱふぱふ」


 :武器はパイプなの?


 一人で盛り上げようとしているカケルを無視して、先程からお怒りの方とは別のもう一人からの質問。それに答えながらカケルはダンジョンの奥へと足を向けた。


「はい。壊れるまではパイプで行きます。見てわかる通り、結構使い込んでるんですよ」


 カケルはドローンカメラにパイプをひらひらと見せながら、ダンジョンをスタスタと無造作に歩いた。


「格好はジャージですね。これが一番動きやすいので。途中で何かいい感じの板とかあれば体に仕込んでもいいかなとは思ってます。命は賭けるけど決して死にたい訳ではないので」


 :死にたがりそのもの


 コメントと会話が出来る配信なんて、順調な滑り出しだ。この時、カケルは浮かれていた。カケルのジャージのポケットで三つのダイスが、かちゃりと鳴った。


 ***


 バカンッ!


 カケルがゴブリンを鉄パイプでしばき上げた。


 見てくれていた二人も飽きたのか、配信を出ていってしまった。現在は視聴者ゼロ人である。通常営業だなぁ、と思いながらも誰も見ていない配信ではやる気にならず、カケルは一言も喋らないままひたすらにゴブリンを駆逐していた。


 身体能力強化のスキルは強者への第一歩と言われ、有名なダンジョン配信者や大暴走スタンピードで活躍した英雄はかなりの割合で持っていると言われているスキルだった。


 それを持つカケルが、ゴブリンが単体で出てくる一層で手こずるはずもない。一層で拾えるものでバズれるくらいならこうして命を賭けてない。先を急ぐ事をカケルは決めた。


 カケルは一層を駆け抜けて、転移の魔法陣を踏んだ。

 

 転移の魔法陣を抜けた先、二層。


 未だ視聴者は来てくれない。だが、カケルは一つ考え直した。普段、あの幼馴染のナナミのように一万人の前で喋っている訳でもない。そんな自分が今急に人が十人来たとて、楽しませられるものか。


「さぁ、二階層。この辺はね、前によく来ていたんですよ」


 独り言のように思い出しながら喋り出すカケル。


「ここはね、さっきの一階層で出てきたゴブリンが、複数出てくるようになります」


 俺は今日、ここにバズりに来たんだ。カケルはニヤリと笑うと、一瞬黙って目を瞑った。耳鳴りと少しの頭痛。


 今日がいい日になりますように、カケルはそう祈りながら何もない空間で、何も起きない事を理解しながら、確率操作を使った。


 ***


 人類が知っているだけでも、様々なタイプのダンジョンがある。


 カケルが挑んでいる中野ダンジョンは、入り組んだ迷路のような洞窟が続くダンジョンだ。一つ一つの階層が転移の魔法陣により仕切られていて、十階層ごとにボスと呼ばれるモンスターがいる。


 その構造がカケルにとって都合が良かった為、このダンジョンを攻略しようと決めた。だが攻略しながら、まるでゲームのようだ、カケルは思っていた。

 

 十階層のボスはホブゴブリン。カケルはどうせ誰も見ていないと思いながら、初めてホブゴブリンを倒した時に、怖すぎてちびった話をしていた。


 下らない話をしながら、ボブゴブリンが振りかぶった斧を蹴り飛ばし、鉄パイプを振り下ろす作業を終えた時の事だった。


 :つよ

 :余裕かよ

 :でも踏破は無理。なんなら中層も奥の方は厳しい


 光の粒子となって消えていくホブゴブリンを見ていたら、掛けているメガネにコメントが流れてきた。その時初めて何人か視聴者がいることに気付いた。


「あれ、いつの間にか視聴者さんが来てくれてました。コメントもありがとうございます。自分でも踏破はかなり厳しいと思います。でも頑張ります。ぜひ楽しんで行ってくださいね。浅い内は余裕あるので、コメント貰えれば質問とかも答えますよ」


 同時接続数を確認すれば、見てくれている視聴者は十五人。普通に防具を着て二十階層付近をうろちょろする普段の配信に比べて、十分に上々の滑り出しである。


 :本当にその格好で踏破するつもりなの?


「はい!昨日、防具全部売っちゃったんですよね。で、そのお金と手持ちのお金足して、このドローンカメラとか配信セットを買いました。高かったんですよ!五十万円も持っていたのにもう素寒貧です」


 :優先順位おかしい

 :ちゃんと危なくなったら逃げろよ


「そうですね。逃げたくなったら逃げようと思います。普段は防具着てましたけど、気を付ければ二十階層のボスまでは無傷でいけると思うんですよね」


 :合成動画の再生。釣り乙

 :出来る訳ない

 :そんな奴がいたら登録者三十人では済まない


「まぁまぁ、見ててくださいよ。僕は賭けの対象なんで賭けられないですけど、コメント欄で僕が出来るって思ってくれる人と賭けでもしてて下さい。賭け事は楽しいですよ」


 :チャンネルのギャン中てギャンブル中毒の事か

 :出来る訳ないだろ、嘘つき


「あ、そうですね。余裕があるうちに皆さんに改めて挨拶させて下さい」


 粒子となって消えたホブゴブリンが残した魔石を拾いながらコメント欄とやりとりしていたカケルが、ドローンカメラへ向き直った。


「ギャン中」


 右手でハンドルを捻り、妄想でパチンコを打ちながら、ローテンションで自分の配信名を口にする。


「皆さん、改めて、こんにちは。三十人もの登録者を抱える大手の配信者ギャン中です。視聴者の皆さん面白いと思ってもらえたら、ぜひ登録と宣伝をしてください。お願いしまーす」

 

 カケルは明るい笑顔を意識しながらドローンカメラに手を振った。


「ギャン中、昨日ちょっとばかし賭け事で遊び過ぎてしまいまして、持っていた最後の頼みの綱の現金をほぼ溶かしてしまったんですねぇ。えぇ、わかっています。僕が悪いんです。ただそれでも最後、二十万円だけは残した私の努力も認めて頂きたい」


 カケルはドローンカメラの前を左右に歩き回りながら、カメラに向かって喋り出す。


 :おま俺

 :よぉ、ダメ人間

 :早く先進め


「もう二十万円では挽回出来ない、何にも賭けられない灰色の労働生活の始まりかと途方に暮れた時に、ギャン中閃いたんですよ。命なら掛けられるなって。だから防具も売って、そのお金でカメラを買って、自分の命を賭けるギャンブルを楽しみながら、その様子を配信しています」


 :草

 :ダンジョンに潜る人の中で一番酷い理由

 :何でいくら溶かしたの?


 配信を始める前に、こんな配信をしている理由を話せば、来るだろうと思っていた質問。思わずカケルは顔を顰めた。できれば思い出したくないと思い忘れていた事だった。


「約八百万、お馬さんですね」


 そうカケルが貼り付けた笑顔で答えると、コメントが一瞬静まり、一斉にいくつか流れてきた。


 :草

 ;嘘乙。釣りに合成、設定まで決めて乙 

 :本当に狂ってるって事?

 

「いいえ、僕はまともですよ。ただ少しばかりギャンブルが好きなだけで」


 カケルはにっこりとカメラに笑いかけてから、先へ進む転移魔法陣に乗った。


 

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