第27話

『聖女』の皮を被った売国奴、アイラ・ミモザは、全ての罪が白日の下に晒され、別邸の一室に拘束された。

そして、彼女の甘言に踊らされ続けた愚かな王太子、ユリウス殿下は、あまりの衝撃に、完全に魂が抜け落ちた抜け殻のようになってしまっていた。


辺境の地はひとまずの勝利。そして、あまりにもおぞましい裏切りの発覚に静かな混乱が渦巻いていた。

しかし、感傷に浸っている時間はない。

ガルニア帝国の脅威が完全に去ったわけではないのだ。


アレクシス様は、すぐさま、最も信頼の置ける腹心の騎士に、アイラ嬢の身柄と鷲ノ巣砦での一部始終を記した詳細極まる報告書を持たせ王都へと急行させた。

わたくしもまた、父であるヴェルナー公爵に宛てて、これまでの経緯と今後の国の行く末を案ずる切々とした思いを綴った手紙をその騎士に託した。



辺境からの、あまりにも衝撃的な知らせは、まるで静かな水面に投げ込まれた巨大な岩のように王都に大きな大きな波紋を広げた。


アレクシスの報告書と、生きた『売国奴』という動かぬ証拠。

それらが王宮に届けられると、これまでユリウス殿下とアイラ嬢の顔色ばかりを窺っていた貴族たちは一転して蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


「馬鹿な!あの清らかで、心優しいアイラ様が売国奴などと!」

「しかし、シュライバー卿の報告書だぞ。あの、謹厳実直な氷の騎士が嘘偽りを書くはずがない……」

「砦の裏切り者の自白もあるというではないか……!」


最初は、誰もが信じようとしなかった。

あの、誰もが愛し、誰もが守ってあげたいと願った聖女のような少女が隣国と通じ、この国を破滅の淵へと追いやろうとしていたなどと。

しかし、押収されたアイラ嬢の自室から見つかった、ガルニア帝国の密偵との通信記録と思わしき暗号化された手紙の数々。

それらの、動かぬ物的証拠を前に、誰もが沈黙せざるを得なかった。


事態を何よりも重く見たのは、国王陛下だった。

これまで、体調不良を理由に政務から遠ざかっていた陛下だったが、父、ヴェルナー公爵からの魂の説得と、今回の国家を揺るがすあまりにもおぞましい裏切りの発覚についに、重い重い腰を上げたのだ。


国王陛下の名において、正式な公式な審問会が開かれることが決定された。

その場には、この国の全ての有力貴族たちが召集された。

もちろんその中には、もはや、その権威も威光も完全に失墜した王太子ユリウスの姿もあった。



王城の、最も格式高い玉座の間。

そこが、断罪の舞台となった。


罪人として、その中央に引き据えられたアイラ嬢は、もはや、あの日の可憐な少女の面影はどこにもなかった。

ただ、血の気の失せた顔で小刻みに震えているだけだった。


アレクシス様の報告書が、侍従長によって朗々と読み上げられる。

一つ、また一つと、彼女の醜悪な罪状が暴かれていくたびに広間に集った貴族たちから驚きと、怒りのどよめきが起こった。


「そ、そんな……! 嘘ですわ! 全て、全て、わたくしを陥れるための、リリアンヌ様の、罠ですのよ!」


アイラ嬢は、最後の悪あがきとばかりに、見苦しくそう喚き立てた。

しかし、その虚しい悲鳴に、もはや耳を貸す者は誰一人としていなかった。


そして、次に糾弾の鋭い矛先は、玉座の脇に力なく立ち尽くすユリウス殿下へと向けられた。

その糾弾の役を買って出たのは、わたくしの父ヴェルナー公爵だった。


「ユリウス王太子殿下」


その声は静かだったが、鋼のように冷たくそして強かった。


「貴方は、この国の次期国王となるべきお方。しかし、貴方がこれまで行ってきた所業の数々……!」


父は、一つ一つその罪を列挙していく。

国の危機を知らせる重要な報告を、己の個人的な感情によって握り潰した罪。

稀代の売国奴である、一人の少女の甘言を鵜呑みにし国政を取り返しのつかないほど混乱させた罪。

王太子としての、最も、重要な責務を、完全に放棄し、民の血税を、己の、快楽のために、浪費し続けた罪。

そして。


「真に、この国を思う、忠臣の言葉に、耳を貸さず、この国の、未来の、宝となるべき、有能な妃候補を、何の、確たる証拠も、ないまま、私情によって、断罪し、追放した、その、大罪!」


ユリウス殿下は、顔面蒼白のまま、何も、言い返すことが、できなかった。

彼は、ようやく、この国の、全ての、貴族たちの、その、軽蔑に満ちた、視線の中で、自分が、どれほどまでに、愚かであったかを、その、骨の髄まで、思い知らされたのだ。


やがて。

玉座に座る、国王陛下が、苦渋に満ちた、しかし、どこまでも、厳かな声で、その、判決を、下した。


「―――アイラ・ミモザ、及び、その、売国行為に、加担した、全ての者たちを、国家反逆罪により、終生、北の果ての、黒の塔に、幽閉するものとする!」


そして。


「王太子、ユリウス・アーク・レオンハルト!」


国王は、自らの、息子の名を、呼んだ。


「そなたは、もはや、この国の、次期国王たる、資格なし! よって、本日、この時をもって、そなたを、王太子の位から、廃嫡する! 今後は、一王子として、西の離宮にて、生涯、己の罪を、悔い改めるがよい!」


『廃嫡』。

その、あまりにも重い、重い、一言が玉座の間に響き渡った。

断罪の鐘の音が、鳴り響いたのだ。


その知らせが辺境の地にいるわたくしたちの元に届いたのは、それから、数日後のことだった。

わたくしは、元婚約者のその哀れな末路に喜びも悲しみも感じなかった。

ただ、この国がようやく正しい道へと戻るであろうことに安堵のため息を一つついただけだった。


隣に立つアレクシス様が、そんなわたくしの横顔をただ静かに、静かに見守っていた。

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