第13話

鷹の目商会のマルコ氏は、驚くほど有能だった。

彼が王都に持ち帰ったわたくしのハーブティーとベリーのジャムは、瞬く間に貴族のサロンで評判となったらしい。

おそらく、彼が流したであろう「王太子妃候補だったリリアンヌ様が、辺境の地で密かに作らせている秘薬」「かの有名なパティシエが探し求める幻のベリー」といった、真実と嘘を巧みに織り交ぜた宣伝文句が、見事に功を奏したのだろう。


それからわずか十日後。

マルコ氏から、山のような追加注文書と共に、前金としてずっしりと重い金貨の袋が届けられた。

わたくしの予想を遥かに上回る、大きな金額だった。


「……よし」


わたくしは、金貨の袋を手に、静かに頷いた。

これで、計画の第二段階に進むことができる。


その日の午後、わたくしは約束通り、領民たちに最初の報酬を支払って回った。

ハーブやベリーを摘んでくれた村の女性たちに。

水路の補修工事に、汗を流してくれた男性たちに。

一人一人に、感謝の言葉と共に、正当な対価である銀貨を手渡していく。


最初は「貴族様が、本当に金を払ってくれるのか」と半信半疑だった彼らも、実際にずしりと重い銀貨を手にすると、その表情は驚きから、やがて心からの喜へと変わっていった。


「リリアンヌ様……! 本当に、本当にありがとうございますだ!」


「お嬢様のおかげで、今年の冬は少し楽な暮らしができそうだ……」


口々に上がる感謝の声に、わたくしは「当然の対価ですわ」と、素っ気なく返すのが精一杯だった。



最初の事業の成功と、改革の確かな第一歩を祝して、その日の夜、村の広場でささやかな宴が開かれることになった。

各々が家から料理や酒を持ち寄るだけの、実に素朴な宴。

もちろん、その主賓として、わたくしも招かれた。


「わたくしは、そのような場はあまり好みませんので」


一度は断ったのだが、「リリアンヌ様がいらっしゃらねば、この宴は始まりませんだ!」という村長たちの熱心な説得に根負けし、結局、参加を承諾してしまった。

もちろん、わたくしの監視役であるアレクシス様も、無言のまま隣に控えている。


宴が始まっても、わたくしは、その輪にどう入っていいか分からず、広場の隅の席で、ただ静かにお茶を飲んでいた。

しかし、そんなわたくしを、村人たちは放っておいてはくれなかった。


「リリアンヌ様! うちのかみさんが焼いたパイですだ! どうぞ、召し上がってくだせえ!」


「お嬢様、うちの娘がね、お嬢様みたいになりたいって、最近、字の勉強を始めたんですよ」


「これ、俺たちからだ! 大したもんじゃねえが、受け取ってくれ!」


差し出されたのは、村の子供たちが、野原で摘んできたであろう、色とりどりの花で作られた、少し不格好な花冠だった。


王都では、常に『悪役令嬢』『氷の華』と疎まれ、誰かから、こんなにも純粋な感謝の気持ちを向けられたことなど、一度もなかった。

差し出された花冠を受け取ると、胸の奥が、きゅうっと締め付けられるように熱くなる。


「……ありがとう。大切にしますわ」


そう言うのが、やっとだった。


宴もたけなわの頃。

一人のそばかすの少年が、皆の前に出て、最近覚えたという、少し滑稽な豊作の踊りを披露し始めた。

一生懸命なその姿に、広場は温かい笑いと手拍子に包まれる。

そして、踊りの最後。少年は、決めポーズで見事にすっ転んで、泥だらけになってしまった。


どっ、と広場が大きな笑いに包まれる。

その、あまりにも平和で、温かい光景に、わたくしは、つられてしまった。


「ふふっ……あははっ」


それは、自分でも驚くほど、自然にこぼれ落ちた笑い声だった。

これまでわたくしが見せてきた、皮肉な笑みでも、計算された淑女の微笑みでもない。

心の底から湧き上がってきた、何の飾りもない、ただの少女のような、無防備な笑顔。


その瞬間を、少し離れた場所から、一人の男が息を飲んで見つめていた。


アレクシス・フォン・シュライバーは、その笑顔に、完全に心を射抜かれていた。

彼が今まで見てきたリリアンヌは、常に氷の仮面を被った、鉄の意志を持つ令嬢だった。

あるいは、恐るべき才覚で領地を導く、人間味のない為政者の顔だった。


しかし、今、月明かりの下で、花冠を頭に乗せて笑っているのは、年相応の、ただの愛らしい一人の女性。


(……こんな顔で、笑うのか。この女は)


ドクン、と。

彼の心臓が、今まで聞いたこともないほど、大きく、強く、鳴り響いた。

それが、世に言う『恋』というものであることに、百戦錬磨のはずの、堅物な騎士団長は、まだ気づいてはいなかった。



宴が少し落ち着いた頃、わたくしは、一人で佇んでいたアレクシス様の元へと歩み寄った。


「閣下」


「……」


「このような、つまらない田舎の宴に最後までお付き合いいただき、申し訳ありませんでしたわね」


いつもの、少しだけ皮肉の混じった口調に戻ろうとする。

だが、宴の興奮でまだ頬がほんのりと赤いのが自分でも分かった。


彼は、何も言わない。

ただ、じっとわたくしのことを見つめている。

そのあまりにも真っ直ぐで熱を帯びた視線に、わたくしの方が戸惑ってしまう。


「……いや」


やがて、彼が静かに口を開いた。


「?」


「……悪くない」


それは、以前わたくしのハーブティーを飲んだ時と全く同じ言葉。

それなのに、なぜだろう。

今宵のその言葉は、まるで全く違う意味を持つ甘い響きのようにわたくしの耳に届いた。


彼の強い視線から逃れるように、俯く。

心臓がおかしいくらいに速く、そしてうるさく鳴っていた。

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