第12話

ユリウス殿下とアイラ嬢は、アレクシス様に一喝されて以来、表立った妨害をしてくることはなくなった。

とはいえ、彼らはまだ懲りずにこの別邸に滞在し、何かにつけてわたくしの行動を探っては、ひそひそと悪だくみをしているようだったが、もはや完全に無視することに決めた。

わたくしには、そんな暇人たちに構っている時間などないのだ。


領地改革計画は、村人たちの協力もあって、少しずつだが着実に前進していた。

しかし、何をするにも先立つものが必要だ。つまり、お金である。

わたくしの私財だけでは、いずれ底をついてしまう。


「やはり、この領地自体が、自力でお金を生み出す仕組みを作らなければ……」


書斎で地図を眺めながら呟いたわたくしは、ある決意を固めた。

そうだわ、商売を始めよう、と。



わたくしが目を付けたのは、この領地の森に自生している、二つの産物だった。

一つは、王都ではあまり見かけない、独特の甘い香りを放つハーブ。

もう一つは、酸味が強すぎて生食には向かないが、火を通すと驚くほど芳醇な香りになる、小指の先ほどの小さな野生のベリー。


「アンナ、料理長! 少し手伝っていただきたいのだけど!」


わたくしは早速、厨房を借り切ると、二人を巻き込んで新商品の開発に取り掛かった。

ハーブは丁寧に乾燥させて、安眠効果のあるハーブティーや、衣類の香りづけに使うポプリに。

ベリーは、たっぷりの砂糖で根気よく煮詰めて、美しいルビー色のジャムとコンフィチュールに仕上げていく。


「お嬢様、なんだか楽しそうですわね」


「ええ、もちろんよ。これは、この領地の未来を賭けた、わたくしの新しい遊びですもの」


鍋をかき混ぜながら答えると、アンナは呆れたように笑った。

もちろん、味見と称して、出来上がったばかりの温かいジャムをこっそり多めに口に運び、一人至福に浸っていたことは、誰にも内緒だ。


そんなわたくしの新たな『遊び』を、書斎の隣にある応接間の窓から、じっと見つめる視線があった。

アレクシス様だ。

泥まみれで畑の指示をしていたかと思えば、今度はエプロン姿で厨房に立つ。

そんなわたくしの姿が、彼の目には一体どう映っているのだろうか。


数日後、完成した試作品を手に、わたくしは彼の元へ向かった。


「閣下。お仕事の邪魔をして、申し訳ありませんわね」


「……いや」


彼は、読んでいた報告書から顔を上げる。


「少し、お味見をお願いしたくて。もちろん、わたくしを監視する上での、大事な毒見の一環ですわよ?」


そう言って、淹れたてのハーブティーを差し出す。

彼は、一瞬だけ訝しげな顔をしたが、やがて無言でカップを受け取り、そっと口をつけた。


「……」


彼の喉が、こくりと動く。


「……悪くない」


その、ぶっきらぼうな感想に、わたくしは思わず顔がほころんだ。


「でしょう! そのハーブには、心身をリラックスさせる効果があるのです。不眠不休でわたくしを監視してお疲れの、閣下にはぴったりですわよ」


わたくしが得意げに言うと、彼は少しだけ呆れたように息をついた。

その時の、ほんのわずかに和らいだ彼の表情に、不覚にも少しだけ見とれてしまったのは、ここだけの秘密だ。



次なる段階は、販路の確保。

幸運なことに、ちょうど隣町まで、王都でも指折りの『鷹の目商会』の行商人が来ているという情報を掴んだ。

わたくしは、すぐさま使いを出し、その商人を別邸へと呼びつけた。


現れたのは、マルコと名乗る、人の良さそうな笑顔の裏に、抜け目のない計算高さを隠した、いかにもやり手といった風貌の中年男性だった。


「これはこれは、リリアンヌ様。追放されたお嬢様が、この私めに一体どのようなご用件で?」


彼は、明らかにわたくしを侮っていた。

まあ、無理もない。今のわたくしは、何の力もない、ただの公爵令嬢なのだから。

わたくしは、そんな彼の態度にも一切動じず、にっこりと微笑んだ。


「ええ、少しばかり、貴方の商会にお願いしたいお取引がありましてよ」


わたくしは、アンナに合図して、テーブルの上に完成した商品――ハーブティー、ポプリ、そしてベリーのジャム――を並べさせた。

どれも、わたくしがデザインしたラベルを貼り、美しい瓶や小袋で丁寧にラッピングしてある。


「ほう……これはまた、可愛らしい」


マルコ氏は、商品を手に取るが、その目は笑っていなかった。


「ですがお嬢様。いかに見栄えが良くとも、所詮はこのような辺境の地の産物。王都の肥えた舌を持つお客様には……」


「そのハーブは、王都の貴婦人の間で今、大流行している、『月の雫』という安眠茶の主成分と同じものですわ。そして、こちらのベリー。先日、王宮の晩餐会でデザートを手掛けた、かの有名なパティシエのロアン氏が、血眼になって探している希少種ですわよ?」


「なっ……!?」


もちろん、そのほとんどが、わたくしのハッタリと、確かな知識を絶妙に織り交ぜた、揺さぶりのための言葉だ。


「この素晴らしい商品を、鷹の目商会様だけに、独占で扱わせて差し上げてもよろしくてよ? その条件として、このお値段で、いかがかしら」


わたくしが提示した価格に、マルコ氏の目の色が変わった。

彼が予想していたよりも遥かに高いが、しかし、わたくしの話が真実ならば、王都で売れば確実に莫大な利益が生まれる、絶妙な価格設定。


わたくしは、最後の一押しとばかりに甘く囁いた。


「もし、このお取引が成功いたしましたら……いずれ、この地で開発されるかもしれない、と噂の『鉱山』。その採掘権の優先交渉権も、貴方の商会に差し上げなくもありませんわ」


ユリウス殿下たちが流した噂を、ここで逆手に利用させてもらう。

マルコ氏は、ゴクリと喉を鳴らした。

彼は目の前のうら若き令嬢が、ただ者ではないことを完全に理解しただろう。


「……かしこまりました。そのお話、ぜひお受けいたします!」


深々と頭を下げる商人の姿に、わたくしは満足して微笑んだ。


その商談の一部始終を、部屋の隅の椅子に座り、アレクシス様が静かに見ていた。

彼の青い瞳が驚きと感嘆と、そしてもはや隠しきれないほどの強い興味を帯びて、わたくしに注がれていることに、この時のわたくしはまだ気づいていなかった。

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