第10話

アイラ嬢の「お祈りをして差し上げたい」という、いじらしい(とユリウス殿下には見えるであろう)提案により、翌日、領民たちが村の広場に集められた。

もちろん、王太子殿下直々のご命令だ。農作業を中断させられた村人たちの顔には、喜びよりも困惑の色が濃く浮かんでいる。


「茶番だな」


わたくしの隣で、腕を組みながらその光景を眺めていたアレクシス様が、ぼそりと呟いた。

その声には、隠しきれない侮蔑が滲んでいる。


「ええ、ええ。ですが、ああいうお芝居がお好きな方もいらっしゃいますから。わたくしたちは、静かに見物させていただきましょう」


わたくしは扇で口元を隠し、にっこりと答えた。

これから始まるであろう三文芝居に、ある種の期待さえ感じながら。



やがて、広場の中央に設けられた即席の壇上に、ユリウス殿下にエスコートされたアイラ嬢が姿を現した。

純白のドレスを身にまとった彼女は、集まった領民たちをぐるりと見回すと、悲劇のヒロインさながらに、涙を浮かべて語り始めた。


「みなさん、こんにちはぁ。わたくし、アイラ・ミモザと申しますぅ」


か細く、守ってあげたくなるような声。


「この土地が、リリアンヌ様のせいで……いえ、様々な困難に見舞われていると、ユリウス様からお聞きしましたぁ。わたくしのこの聖なる力で、少しでもみなさんのお力になれればと思いまして……」


その言葉に、集まった領民たちは、ぽかんとした顔で互いを見合わせた。

無理もない。

彼らにとっての困難は、天候不順や痩せた土地の問題だった。そして、『リリアンヌ様のせい』どころか、わたくしがこの地に来てからというもの、具体的な改善計画が示され、むしろ未来への希望が見え始めているのだから。


しかし、そんな領民たちの微妙な空気にも気づかず、ユリウス殿下は得意満面だった。


「さあ、アイラ! 君のその清らかな力を、皆に見せておやり!」


「はい、ユリウス様…!」


アイラ嬢はこくりと頷くと、おもむろに瞳を閉じ、両手を胸の前でゆっくりと組んだ。

どこかの安っぽい舞台で見たような、大げさな祈りのポーズ。


「おお、聖なる光よ……この地に生きる、か弱き者たちをお救いください……! わたくしのこの身に宿り、恵みを与えたまえ……!」


彼女がそう詠唱すると、その組まれた両手の中から、ぼんやりとした、頼りない光が放たれた。

ロウソクの灯りほどの、淡い、淡い光。


「おお! 見よ、この神々しい光を! アイラこそ、真の聖女だ!」


ユリウス殿下が、一人だけ感動に打ち震えている。

だが、その光景を見つめる領民たちの反応は、冷ややかだった。


「……なんだ、あれだけか?」

「うちの婆様が使う、生活魔法の『灯り』の方が、よっぽど明るいぞ……」

「聖女様って、あの程度なのかねぇ……」


そう。彼女が放った光は、魔力の心得がある者が見れば、赤子でも使えるような、ごく初歩的な光魔法に過ぎなかった。

それも、魔力のコントロールが未熟なせいで、今にも消えそうなほど揺らいでいる。


わたくしは、そのあまりの茶番劇に、もはや笑いをこらえることができなかった。

扇で必死に口元を隠すが、肩がぷるぷると震えてしまう。


「プッ……くくくっ……」


「……」


隣のアレクシス様は、呆れ果てて言葉も出ない、といった様子で、深いため息をついている。


自分への評価が芳しくないことに焦ったのだろう。アイラ嬢が、さらに魔力を込めようと顔を真っ赤にした。


「もっと、もっと強く……! ひかりよぉぉぉぉぉっ!」


しかし、その無理がたたった。

ぼんやりと灯っていた光は、「プスン」という、実にしまらない音と共に、一筋の煙を上げて、あっけなく消えてしまったのだ。


しーーーーん。


広場は、凍り付くほど気まずい沈黙に包まれた。


その沈黙を破ったのは、ユリウス殿下の怒鳴り声だった。


「リ、リリアンヌ! 貴様、今、笑ったな! アイラの神聖な儀式を嘲笑うとは、何事だ!」


完全に、八つ当たりである。

わたくしは、震える肩をなんとか抑え込み、扇の向こうからしれっと答えた。


「いいえ? 滅相もございませんわ、殿下」


すっと扇を閉じ、完璧な淑女の笑みを浮かべる。


「ただ、今、小さな羽虫がわたくしの目の前を飛んでいただけですの。どうぞ、お気になさらないでくださいませ」


「なっ……!」


その言葉が、ユリウス殿下とアイラ嬢のプライドを、いたく傷つけたようだった。


この一件で、領民たちの心は決まった。

得体の知れない聖女様ごっこに付き合うよりも、口は悪いが、自分たちの生活を本気で考えてくれる、リリアンヌ様についていこう、と。


アイラ嬢は、屈辱に顔を真っ赤に染めて、わっと泣き崩れた。

ユリウス殿下は「アイラ!大丈夫か!?」と慌てて彼女を抱きかかえると、わたくしを忌々しげに睨みつけ、そそくさとその場を退散していった。


その、実に無様な後ろ姿を見送りながら、わたくしは小さく呟いた。


「さて、茶番も終わりましたし、仕事に戻りませんとね」


すると、隣に立っていたアレクシス様が、初めて、ほんの少しだけ楽しそうな声で言った。


「……全くだ」


彼の横顔を見て、わたくしは少しだけ驚いた。

その青い瞳に、今まで見たことのない、柔らかな光が宿っているように見えたからだ。

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