Protocol6 : 共通点
冬の気配を孕んだ冷たい雨が、ログハウスの屋根を執拗に叩き続けている。
俊作は、暖炉の火が爆ぜる音を聞きながら、床一面に広げた二十冊の日誌を眺めていた。
これまで、フラッシュメモリに保存された日誌ファイルを一つずつを追ってきた。
女優、若手医師、ジャーナリスト、経営幹部、そして陰謀論者と呼ばれた男。
一見、彼らには何の接点もないように思えた。華やかな芸能界、閉鎖的な白い巨塔、泥臭い言論の世界、そして巨大な資本の渦。
だが、5つのファイルデータの日誌を並べ、俊作が自分のノートに作成した「死亡時期・背景リスト」を俯瞰した時、紙の上に戦慄の影が浮かび上がった。
【沈黙の相関図】
俊作は、父の筆跡をなぞるように、ペンで点を繋いでいく。
まず第一に、**「死因の画一性」だ。
解剖学的には、窒息、カリウム製剤、氷の塊、エアロゾル、高周波薬剤……手口は驚くほど多岐にわたっている。しかし、最終的に父が公的な鑑定書に書き込んだ言葉は、判で押したようにすべて『急性心不全』**だった。
第二に、「社会的影響力」
彼らは皆、何らかの形で「既存の秩序」を脅かそうとしていた。女優は政権の醜聞を、医師は巨塔の腐敗を、ジャーナリストは裏帳簿を、経営幹部は軍事転用を、そして河田はシステムの核心を。
そして第三の共通点。俊作が息を呑んだのは、その**「時期の符号」**だった。
「……三年前だ」
三年前の春から夏にかけて、これら不自然な「心不全」の頻度が異常に跳ね上がっている。
日誌ファイルを注意深く見ていくと、その時期の父の記述は、医学的所見を超えて、ある種の「狂気」を帯び始めていた。
【二〇二三年 三月十四日】
また運ばれてきた。これで今月に入って四人目だ。
警察は現場保存すらまともに行わず、私の解剖を待たずに『事件性なし』の広報文を作成している。
解剖台の上の遺体は、私を睨んでいるように見える。
『お前も共犯者だ』と。
【二〇二三年 五月二十一日】
私は今日、学長室に呼ばれた。
そこには警察庁の幹部と、もう一人、名前も名乗らないグレーのスリーピースを着た男が座っていた。
男は、私の日誌――私がこの私的な記録をつけていることを知っていた。
『司馬先生。あなたのそのノートは、将来の法医学の発展に寄与する素晴らしい資料だ。だが、今はまだ、その価値を理解できる人間が少ない。……わかりますね?』
それは、明らかな警告だった。
「親父……あんた、脅されていたのか」
俊作は日誌のページを指でなぞった。
父はなぜ、これほどの証拠を握りながら、生きている間に告発しなかったのか。
父の性格なら、自らの社会的地位を捨ててでも真実を叫ぶはずだ。
俊作は、日誌の綴じ目の奥に、ごく小さく書き込まれた数字の羅列を見つけた。
それは座標のようでもあり、あるいは何かの整理番号のようでもあった。
その時、俊作は気づく。
日誌の記述が「三年前」を境に、極端に「客観的」になっていることに。
感情を殺し、ただ淡々と、機械的に肉体の異常を書き連ねている。それは、あたかも**「誰かに読まれることを想定した」、あるいは「監視下で遺した唯一の伝言」**のような不自然さだった。
「そうか。親父は公にしなかったんじゃない。出せなかったんだ」
もし父が告発に踏み切れば、証拠はすべて闇に葬られ、父自身もまた、その「システム」の一部として、不自然な心不全で処理されて終わる。
父は、自分の命と引き換えに、**「証拠を完結させる」**ことを選んだのではないか。
一人の人間を殺すのは簡単だ。だが、二十年分の解剖記録という「科学の積み重ね」を、完全に消し去ることは難しい。
父・宗一は、生き延びるために沈黙を選び続けた。
その結果として、自分自身が最後の検体になったのかもしれない。
自らが「最後の検体」となることで、この二十冊の日誌を、法医学の教科書ではなく、国家に対する「時限爆弾」へと昇華させるために。
「……でも、それならなぜ、親父の死因まで心不全なんだ」
俊作の問いに応えるように、日誌の最後の一冊――まだ読み終えていない、父の死の半年前から始まるノートが、机の上で鈍く光っていた。
その時、ログハウスの周囲に、複数の車のタイヤが砂利を踏む音が響いた。
赤色灯の断続的な光が、カーテン越しに壁を脈打つように照らした。
「司馬俊作さん。その資料は……あなたが扱えるものではありません。これ以上、読む必要はない」
拡声器を通した声が、夜の静寂を切り裂く。
俊作は、日誌をまとめてリュックに詰め込んだ。
父は、この恐怖と二十年間戦い続けてきたのだ。
一歩間違えれば、自分もまた「心不全」という名のゴミ箱に捨てられる。
だが、俊作の胸に宿ったのは、恐怖ではなく、父に対する激しい敬意と、震えるほどの怒りだった。
「安全保障だと? ……笑わせるな」
俊作は裏口の鍵を開けた。
闇の中、父が遺した「真実」という名の重みを背負い、彼は駆け出した。
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