第3話

「もう少し高く跳べ」


「こう?」


「人間というのは本当に……。体はどうなっているんだ」


ねえ、走り幅跳びの平均が3メートルもあるヴァンパイアが言うことかな? むしろ私は人間の中では平均以上だし……。


公開告白事件の翌日、早朝から登校した私は、凛と一緒にグラウンドに出ていた。うっかり体操服を忘れてきてしまったので、凛のものを借りて着て、ぴょんぴょんと跳ねているのは私だけだったけれど。


正直、気にしなきゃいけないことが多すぎる気がする……。


告白は告白で困るけれど、ここで生き残るために最も重要なのは、ヴァンパイアたちと自然に混ざり合うことだった。


そして、すぐ来月には学校が主催する「全校体育祭」がある。


ヴァンパイアたちにとって体育祭とは、単に楽しい学校行事ではなかった。


優れた個体を見極め、内集団と外集団を区別する、一種の自己アピールというか、求愛の場なのだろうか……?!


もちろん、私は凛と一緒にいるから、のけ者にされたりいじめられたりする心配はないとしても……。「誰が見てもヴァンパイアではないような運動神経」を見せてしまったら、打ち上げの飲み会で食べられてしまうかもしれない。


だから、少し前から凛に一対一の特別コーチングを受け始めたのだ。


「膝を曲げて、もう少し飛ぶような感じで」


「え……、飛ぶような感じと言われても……」


私は地面を力いっぱい蹴り出し、鳩のように必死に腕をバタつかせた。


あ、結果はもちろん変わらず。空なんて飛んだことがないんだから。


「運動をサボりすぎたんじゃないか? 生まれて5歳の子供でも、それよりは遠くに跳ぶぞ」


「だから、私は違うんだって……!!」


「ん? 何が違うんだ?」


何が違うって……。あんたたちとは生まれ持ったDNAが、いや、そもそも種族からして違うんだってば……!


……って、今の声……。


「……聖良先輩?!」


いつの間にか近づいてきた聖良先輩は、元からそこにいた木のように佇んで、私たちを見守っていた。


「朝から奇妙な体当たりギャグを披露していたからな。失礼だったなら謝ろう」


先輩は昨日のあの殺伐とした姿はどこへやら、いつもの穏やかな笑みを浮かべて手を振っていた。


私にだけ。


「先輩は、後輩が一生懸命努力している姿を『奇妙な体当たりギャグ』と表現なさるようですね」


凛が鋭い口調で割り込み、それまで凛を透明人間扱いしていた聖良先輩は、煩わしそうな目をして答えた。


「私なりの愛情表現だと思っていたんだが」


「意地が悪いですね。ああ、底意地が悪いと言うべきでしょうか」


二人の視線がぶつかり合う場所に、なぜかジリジリという音と共に火花が散っているようだった。そうか……、ヴァンパイアは目から電気を出す技術も兼ね備えているのか?


このまま昨日みたいに刀を抜きはしないかと心配になり、割って入ろうとした直前、聖良の視線が私に向いた。


いつの間にか、優しく微笑みながら。


「不快にさせたなら謝るよ。君に話したいことがあってね」


まさか昨日みたいに、また身勝手に振る舞うつもりじゃ……?!


「わ、私は話すことなんてないんですけど……」


「子供みたいに付き合ってくれと駄々をこねるつもりはないから、安心しなさい」


「……違うんですか?」


「もちろんだ。私は子供ではないからな」


おもちゃ売り場の前でひっくり返って叫び、駄々をこねる子供みたいに振る舞っておいて……?


まあ、少なくとも私にとっては幸いだけど。


聖良先輩はしばらくじっと私を見つめた後、にこりと笑ってゆっくり近づいてきた。


その眼差しは、まるで鹿を狙うライオンのようで……。


私は逃げることも考えられず、魅了されたようにその場に立ち尽くした。


決して顔に見惚れたわけじゃないからね……!


「ひなた。君からは、筆舌に尽くしがたいほど甘い匂いがする」


「……それは!!」


凛が急いで止めようとしたが、それよりも早かった先輩の手に阻まれた。


顎のラインをなぞるように降りてきた指先が、やがて唇を擦った。


「甘い花に誘われる虫がいるのは、当然のことだろう?」


混乱した。先輩が言う「花」とは果たして私なのか、あるいは……。


私の「血」なのだろうか。


振り返ると、凛も半信半疑といった様子で先輩を睨みつけていた。


「緊張する必要はない。ただ提案をしに来ただけだからな」


「どんな提案であれ、聞く必要はありません。下がってください」


「答えは君ではなく、ひなたから聞きたいんだが?」


二人の視線が同時に私に向いた。白んできた太陽が温かな光を注ぎ始める時間。誰もいないグラウンドには、冷ややかな静寂が流れた。


凛は「断れ」と言っているようだけど……。


「とりあえず……、聞いてみます」


というのも、このまま先輩と気まずくなるのも嫌だし。もし私が人間だと気づいているのなら……。できるだけ味方に引き入れなきゃ……!


「簡単だ。君が今好きな人は、隣にいるその……。あ、名前は何だったかな?」


「知る必要はありません」


「つれないな」


余裕たっぷりの態度の先輩とは対照的に、凛は今にも懐から刀を取り出さんばかりの勢いだった。もちろんそれを分かっているであろう先輩も、いつでも応戦できる準備ができているようだったが、私を意識してか幸い昨日ほど争いには発展しなかった。


「とにかく、その唸っているワンちゃんより私の方が優れていることを立証しよう。そうしたら、私の血を飲んでくれるかい?」


「それは昨日もダメだと言ったはず……」


「もちろん、タダでと言っているわけではない」


先輩は何か決定的なカードを握っているかのように、意気揚々とした態度で顎を上げた。いつもそうだったので不思議ではないが……、昨日のことを考えると不安になるのは反射的な反応だった。


「君、両親がいないだろう?」


え?


全く想像もしていなかった言葉が飛び出してきたけれど……。家族に触れるのは世界共通のタブーじゃなかったっけ……?


淡々としたファミリーアタックに呆然としたのも束の間、頭の中に幾人もの影がよぎった。


家族なら……。


「います」


いた。確かに。


私がここへ来る前、元々住んでいた世界に。もしかしたら、いつも通りに暮らしている家族が。


お母さん、お父さん、そしていつも喧嘩していたけれど、時々恋しくなるお姉ちゃんも……。


「だから、勝手なことを言わないでください」


しかし、聖良先輩はそんな私の不快感など全く知らないかのように、笑いながら話を続けた。


「そんな嘘はつかなくていい。君の身辺調査を少しさせてもらった」


「身辺調査」という言葉を平然と口にするヴァンパイアの倫理観には、何度経験しても到底馴染めそうになかった。どうしてあんなに堂々としていられるの?


「父母と兄弟は不明、唯一の保証人は『葉月凛』。あの子だろう?」


「……」


「まあ、学校側はあの子をかなり有能だと信じているようだから、適当に流してくれたようだが」


脅迫……でもするつもりだろうか? 提案を承諾しなければ、この学校から私を追い出すつもり?


でも学校も一度認めたことだ。いくら先輩だとしても、何をどうしようって……。


「それはつまり、身分が明確ではないということだ。そうだろう?」


「適法な手続きを通じて……」


「ああ。『学年首席の保証』。だが、それだけで全員が納得するわけではないだろう」


入学当時からずっと抱いていた疑問だった。私はここの市民証も、身分も、まともな縁故もない。だからその「入学手続き」とやらが一体どうやって進んだのか不思議だったけれど……。


「学年首席」。ここでその名が持つ重みは、決して軽くはないようだった。それだけで何も証明できない異邦人を学生として受け入れてくれるなんて。


そう、ここで私は自分一人では何も証明できない。ということはつまり……。


「『ヴァンパイアの群れに偽装潜入した人間狩り』」


「同族」だと必死に取り繕った偽りの姿も、いつでも暴けるという意味だ。


「そんな疑いを持たれても、おかしくはないと思うが?」


あの言葉は、それが事実かどうかにかかわらず、私が提案を断れば全校生徒に一抹の疑念を植え付けるという意味だった。


ただでさえ、あちこちで人間らしさを辛うじて隠している今の状況では……、聖良先輩のような影響力のある人が主導して噂を流せば、ほぼ事実として受け取られてしまうだろう。


当の本人が何かを知って言っているのか、単に私を縛り付けるための脅しなのかは分からないけれど。


付き合えというわけではなく、ただチャンスをくれという要求なら。


「……分かりました」


「ようやく話が通じるようになったな」


私があんな横暴な先輩に惚れることなんて、一生ないんだから。たとえ何度チャンスが与えられたとしても、これは何度も振れば結局は望みの数字が出るサイコロゲームのようなものじゃない。


あの自信満々な人間の鼻柱を……。


「もし、君が私をより『優れた恋人』だと判断したなら……」


絶対にへし折ってやる……!


「お前の手で、葉月凛を殺せ」

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