第2話:頬袋の神様

 揺れる、揺れる。

 視点が高い。

 私は今、石器時代の少女・ウラの肩の上に鎮座している。


(……二足歩行生物の歩行振動は、思ったよりも不規則ね。三半規管が弱い個体なら酔うレベルだわ)


 私は小さな爪で、ウラの纏っている獣皮の端を器用に掴み、バランスを取った。

 ウラは機嫌よく鼻歌――というよりは、鳥の鳴き真似のようなリズム――を刻みながら、森の獣道を歩いている。

 彼女にとって、私は「拾ったカワイイ生き物」だろう。

 だが、私にとって彼女は、この危険な原始時代を生き抜くための「移動式住居兼ボディガード」だ。


(さて、最初の目的地は『集落』ね。サンプルの群れがどのような社会構造を持っているか、観察させてもらうわ)


 森を抜けると、開けた場所に出た。

 川沿いの高台に、その拠点はあった。

 住居と呼ぶにはあまりに心許ない。岩肌のくぼみを利用し、そこに倒木や枯れ枝を立てかけ、獣皮を被せただけの「雨除け」が数カ所あるだけだ。

 煙の匂い。腐った肉の匂い。そして、人間の体臭。

 衛生環境評価は下の下だが、野ざらしよりはマシと言える。


「ウラ! オウ!」


 集落の入り口で、数人の男たちが木の棒や鋭利な石を握りしめて近寄ってきた。

 彼らの視線が、ウラの肩に乗る黄金色の毛玉――つまり私に注がれる。

 警戒の色が見える。当然だ。見たことのない獣を連れ帰ったのだから。


「ウー! モフ!」


 ウラは誇らしげに私の背中を指先で撫でた。

 私は空気を読み、ここ一番の「営業スマイル」を作る。

 後ろ足で立ち上がり、前足を胸の前で合わせ、つぶらな瞳で男たちを見上げる。

 そして、首を傾げる(角度よし、可愛さ補正よし)。


「「「オオ……!」」」


 男たちの警戒心が、瞬時に霧散した。

 単純な脳構造で助かる。どうやら『魅了チャーム』のスキルは、集団相手にも有効らしい。


          † † †


 広場らしき開けたスペースでは、女たちが木の実の選別作業を行っていた。

 どんぐりや胡桃のような、硬い殻を持つ木の実だ。


 だが、その作業効率は絶望的に悪かった。

 彼女たちの手元には、容器がない。

 拾い集めた木の実を、大きな葉っぱの上に山積みにしたり、獣皮の切れ端に包もうとしてポロポロとこぼしたりしている。


(……運搬能力キャパシティが低すぎる。袋も、籠も、器もないのかしら)


 私は呆れた。

 これでは、採集場所からここまで運ぶだけで、半分以上を落としてきているに違いない。

 保管もできない。地面に置けば湿気るし、虫も湧く。


(なるほどね。これなら、私の「頬袋」がオーパーツ並みの奇跡に見えるはずだわ)


 私はウラの肩から、ぴょんと飛び降りた。

 着地成功。土煙も立たない軽やかさだ。

 私はトテトテと木の実の山に近づいた。


「キ?」


 作業をしていた女が、不思議そうに私を見る。

 私は彼女の目の前にある、大粒の木の実を一つ拾い上げた。

 そして――頬張る。


 ギュッ。


 右の頬袋に収納。

 次、左。

 次、右奥。


 猛烈なスピードで、私は木の実を口の中へと放り込んでいく。

 傍から見れば、私の顔は風船のように膨らんでいるはずだ。

 本来の顔の幅の倍……いや、3倍にはなっているだろう。


(容量チェック。現在30パーセント……50パーセント……まだ入るわね。亜空間アイテムボックスの伸縮率は良好)


 人間たちが手を止めた。

 彼らの目は釘付けだ。

 自分たちの手には数個しか持てない木の実が、次々と小さな毛玉の中に消えていくのだから。物理法則の崩壊を目の当たりにして、彼らの原始的な脳は処理落ち寸前だろう。


 私は足元にあった木の実の山(およそ20個分)をすべて収納し終えると、満足げに鼻を鳴らした。

 そして、集落一番の偉い人――杖を持った老人、おそらく長老――の足元まで歩いていく。


 ペッ。


 私は頬袋の筋肉を収縮させ、収納していた木の実を一気に吐き出した。

 ザラザラザラッ!

 唾液一つついていない、ツヤツヤの木の実が、長老の足元に山を作る。


「「「オオオオオオオ!!」」」


 どよめきが起きた。

 彼らにとって、これは手品ではない。

 袋を持たぬ彼らにとって、小さな体から無限の食料を生み出す様は、まさに――「神の御業」だ。


 長老が杖を捨て、地面にひれ伏した。

 それに続き、ウラも、男たちも、全員が私に向かって平伏する。


(……解釈は任せるわ。私はただ、頬袋の性能テストをしただけ)


 私はひれ伏す人間たちの頭上を見下ろしながら、最後に残しておいた「ひまわりの種(に似た古代種子)」を前足で持った。

 カリッ、プッ。

 器用に殻を剥き、中身を齧る。


(感謝しなさい、人間。私の頬袋は湿度管理も完璧よ。カビ一つ生やさずに保存してあげたんだから)


 私はモグモグと種を咀嚼しながら、冷徹に次の要求を思考する。


(それにしても、不便な生活ね。器の一つもないなんて。

 ……まあいいわ。とりあえず寝床を確保したら、次は泥を焼いて「土器」でも作らせましょうか。サンプルの生活環境を向上させるのも、管理者の務めだしね)


 私は食べ終わった殻を、長老の頭の上にペッと捨てた。

 長老はそれを「聖遺物」でも受け取るかのように、震える手で拾い上げた。


 その日の夕方。

 集落の中央、一番日当たりの良い岩場の上に、柔らかい鳥の羽毛と干し草を敷き詰めた、小さな「神座(どう見てもハムスターの巣)」が作られた。


 私は完成したばかりの寝床に潜り込み、満足げに丸まった。

 文明の支配、第一段階完了クリア

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2026年1月10日 08:06
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そのハムスター、中身は邪神につき。~石器時代の火から宇宙船まで、人類を数万年育成してみた~ 編纂ミネストローネ @Montesquieu

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