【エピローグ】

――数年後の朝比奈


 あの朝から、

 五年が経った。


 数字にすると短いけど、

 感覚としては、

 もっと長い。


 でも、

 思い出す頻度は減った。


 それが、

 少しだけ怖くて、

 少しだけ救いだった。


 俺は、

 相変わらず同じ街に住んでいる。


 職場も、

 大きくは変わらない。


 劇的な成功も、

 派手な挫折もない。


 ただ、

 毎日を生きている。


 休日。


 ふと思い立って、

 電車に乗った。


 目的地は、

 あの海沿いの展望台。


 車椅子を押して、

 三人で行った場所。


 切符を買う手は、

 もう震えなかった。


 展望台。


 風が、

 相変わらず強い。


 海は、

 変わらず広い。


「……久しぶり」


 誰にともなく、

 そう言った。


 澪の返事は、

 もちろんない。


 でも、

 それでよかった。


 ポケットから、

 スマホを取り出す。


 写真が、

 まだ残っている。


 夕焼け。

 少しぶれた水平線。

 澪の横顔。


 消していない。


 消す理由も、

 なかった。


 ベンチに座ると、

 隣に人が来た。


 見知らぬ誰か。


 それだけで、

 少し驚く。


 以前なら、

 無意識に距離を取っていた。


 でも今は、

 気にならなかった。


 世界は、

 ちゃんと続いている。


 帰り道。


 土産物屋で、

 小さなキーホルダーを買った。


 澪が、

 好きそうなやつ。


 自分のために。


 それで、

 よかった。


 夜。


 家に戻って、

 ノートを開く。


 最後のページの続きに、

 書き足す。


『今日は、

 また海に行った』


『風が強くて、

 少し寒かった』


『でも、

 悪くなかった』


 書き終えて、

 ペンを置く。


 涙は、

 出なかった。


 それが、

 ちゃんと前に進んでいる証拠だと、

 思えた。


 窓を開ける。


 夜風が、

 部屋に入ってくる。


 星は、

 少しだけ見える。


 澪が好きだった夜空。


 俺は、

 空を見上げて言った。


「約束、

 守ってるよ」


 声は、

 震えなかった。


 明日も、

 朝は来る。


 来なくても、

 人は生きる。


 でも、

 今日は来た。


 それで、

 十分だった。


— 完・その先 —

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