︎【第1章:遊園地で最初の約束】

遊園地なんて、何年ぶりだろうと思った。


 平日の昼間。

 学生も社会人も少なくて、少しだけ空気が緩んでいる。


「……本当に来てくれるとは思わなかった」


 彼女は入場ゲートの前で、そう言って笑った。

 昨日、駅前で出会ったばかりの他人同士だというのに、俺たちはこうして並んで立っている。


「俺も正直、なんで来たのか分からない」


「ひどい」


 そう言いながらも、彼女は楽しそうだった。


 チケットを受け取って歩き出す。

 ジェットコースターの悲鳴、ポップコーンの甘い匂い。

 全部が、少しだけ眩しかった。


「遊園地、好きなんですか」


「好き、っていうか……憧れ、かな」


 彼女は観覧車を見上げた。


「友達と来るのもいいけど、知らない人と来るのも悪くないなって」


「それ、普通は逆じゃない?」


「普通、って便利な言葉ですよね」


 くすっと笑って、彼女は歩き出す。


 最初に乗ったのは、メリーゴーランドだった。

 正直、男一人なら絶対に選ばない。


「怖いの苦手で」


 彼女はそう言って、俺の袖を軽く掴んだ。


 その手は、驚くほど冷たかった。


「寒い?」


「ううん、大丈夫」


 でも、声は少しだけ震えていた。


 音楽が流れ、メリーゴーランドが回り出す。

 ゆっくり、同じ景色が繰り返される。


「ねえ」


 彼女が言った。


「もし、また会ってくれるなら……」


 俺は何も答えなかった。

 答えを待つ時間が、なぜか惜しかったから。


「今度は、ちゃんと約束して会いたいなって」


 メリーゴーランドが止まる。

 降りる直前、彼女は俺を見て、真剣な顔をした。


「次は、いつにします?」


 その問いに、俺は笑ってしまった。


「来週でいいだろ」


「ほんと?」


「ああ」


 それだけの約束。

 軽くて、簡単で、

 なのに――胸の奥に、妙に残った。


 その日の終わり、出口の前で彼女は言った。


「今日は、ありがとう」


 夕焼けに染まる遊園地を背に、彼女は続けた。


「今日のこと、忘れないでくださいね」


「忘れないよ。たった一日だろ」


 彼女は、少し困ったように笑った。


「……それでも、です」


 その時、俺はまだ知らなかった。


 この“来週”という約束が、

 彼女にとって、どれほど勇気のいる言葉だったのかを。

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