『さよならより先に、約束を』― 涙よりも遠く、君を想う物語―

本城 翼

-プロローグ-



人は、別れを知っていたら、もっと優しくなれるのだろうか。

 それとも、何も言えなくなるのだろうか。


 彼女と出会った日、俺はまだ、その答えを知らなかった。


 駅前の交差点。

 夕方の風は少し冷たくて、信号待ちの人波に紛れながら、俺はスマホを眺めていた。


「……あの」


 声をかけられたのは、偶然だったと思う。

 顔を上げると、白いワンピースを着た女の子が立っていた。


 年は同じくらい。

 どこにでもいそうで、でもなぜか目を離せない、不思議な雰囲気。


「それ、落としましたよ」


 彼女はそう言って、俺の足元に落ちていた定期入れを差し出した。


「あ、ありがとう」


 それだけの会話。

 本来なら、そこで終わるはずだった。


 でも彼女は、すぐに立ち去らなかった。


「……あの、もう一つ、お願いがあって」


 困ったように笑って、彼女は言った。


「明日一日、付き合ってもらえませんか」


 冗談かと思った。

 知らない相手にそんなことを言う人はいない。


「急に言われても……」


「大丈夫です。危ないことはしません」


 そう言って、彼女は少しだけ視線を逸らした。


「ただ……やりたいことが、あって」


 その言い方が、妙に胸に残った。


 まるで――

 時間がない人の、頼み方みたいだったから。


 俺は知らなかった。

 この一日が、

 彼女の「残された時間」を一つ、確かに動かしてしまうことを。


 そしてこの日から、

 俺の人生は、彼女の寿命に触れていく。


 ――さよならより先に、

 俺たちは、いくつもの約束をすることになる。

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