第2話「鍬を入れたら、世界が耕された」

第2話「鍬を入れたら、世界が耕された」


 森を抜けて、少し歩いた先に――

 ミトは、ちょうどよさそうな場所を見つけた。

「……ここ、いいな」

 木はまばらで、日当たりも悪くない。

 地面は固く、草も中途半端に生え、いかにも「長年放置されてました」と言わんばかりの荒れ地だった。

「天国のはずだったのに、異世界一日目にして開墾かぁ」

 悪くない。

 むしろ、しっくりくる。

 ミトは肩にかけていた鍬を構え、地面に向かって振り下ろした。

 ――ザクッ。

「……あ」

 思わず声が漏れた。

 固いはずの地面が、まるで耕された畑みたいに、すいっと割れたのだ。

 抵抗がない。

 力もいらない。

「え、なにこれ。豆腐?」

 もう一度、鍬を入れる。

 ザク、ザク、ザク。

 鍬を振るたびに、土が勝手にほぐれ、石は脇に弾かれ、雑草は根元から抜けていく。

 数分も経たないうちに、さっきまでの荒れ地は、見事な畑の土になっていた。

「……サービスで鍬って言ってたけど、これ完全にチートだな」

 息も上がらない。

 汗もかかない。

「よし」

 ミトは満足そうに頷き、リュックを下ろした。

「じゃあ、とりあえず……種だ」

 中を覗くと、小さなカプセルがいくつも入っている。

 透明なもの、色付きのもの、ラベル付きのもの。

「えーっと……」

 手に取った三つのカプセルには、それぞれ簡素な文字が書いてあった。

 ――《種1》

 ――《種2》

 ――《種3》

「なんか……雑だな」

 でもまあ、天国(経由)の品だ。

 信用しよう。

 ミトは畑の端から順に、カプセルを土に埋めていった。

「種1、種2、種3……っと」

 次に取り出したのは、水の入った容器だった。

 ラベルには《天国の水》とだけ書いてある。

「減らないって言ってたけど……」

 半信半疑のまま、畑に水を撒く。

 ちゃぽ、ちゃぽ。

「……あれ?」

 容器の中を見る。

「全然減ってない」

 もう一度撒く。

 減らない。

「……怖いくらい便利だな」

 その瞬間だった。

 ――もこっ。

「え?」

 畑の一角が、わずかに盛り上がった。

 ――もこもこっ。

「え、え?」

 土が割れ、芽が出る。

 いや、芽なんて生やさしいものじゃない。

 ぐんっ、と音がしそうな勢いで茎が伸び、葉が広がり、花が咲き――

 ――ぼとっ。

 実が落ちた。

「……え?」

 目を瞬かせている間に、隣の区画でも同じことが起きる。

 ――ぼとっ、ぼとっ。

 ものの数秒。

 本当に、数秒だった。

「……早っ」

 ミトは畑の前にしゃがみ込み、実を一つ持ち上げる。

 見た目は、見覚えのある野菜に近い。

 でも、色が少し違う。

 ツヤが妙にいい。

「すご……」

 思わず笑ってしまった。

「これ、育てる楽しみとか飛び越えてるな」

 でも、不思議と嫌じゃない。

「……これって、種と水のどっちがすごいんだろう?」

 ミトは首を傾げながら、天国の水の容器を見た。

「まあ、別に喉は渇いてないけど……飲んでみるか」

 容器に口をつけ、一口含む。

 次の瞬間――

「……っ」

 体の奥から、じわっと熱が広がった。

 疲れが抜ける。

 視界がくっきりする。

 肺いっぱいに空気が入る感じがした。

「うわ……」

 思わず背筋を伸ばす。

「この水、すごいな。めっちゃ元気になる」

 身体が軽い。

 さっきまでとは、明らかに違う。

「……なんだか、閻魔様も俺に気を使ってくれてるのかもな」

 少しだけ、照れくさい気分になる。

「……いやいや」

 すぐに、ひとりでツッコミを入れた。

「本当は天国で、のんびり家庭菜園やってる予定だったんだから、これくらいはしてもらわないと割に合わないだろ」

 そう思ったら、少し笑えた。

「よし」

 ミトは気合を入れ直す。

「水飲んだら、やる気出てきたなぁ。もっと、やってみるか」

 再び、リュックに手を突っ込む。

 カプセル。

 袋。

 見慣れないラベル。

「……ん?」

 一つ、明らかにおかしいものがあった。

「《肉の種》?」

 文字を、二度見する。

「……え?」

 種。

 肉。

「どういうこと?」

 首を傾げながらも、ミトは苦笑した。

「まあ……異世界だしな」

 カプセルを握る。

「武器の種とかじゃないだけ、まだ平和か」

 畑の空いた場所に、穴を掘る。

 ぽとり、とカプセルを落とした――が。

「あっ」

 勢い余って、カプセルの中身がぱらぱらと零れた。

「……あー、一粒だけのつもりだったのに、けっこう入っちゃった」

 少し考えて、肩をすくめる。

「まあ、いいか。これも異世界っぽいってことで」

 天国の水を、たっぷりと撒く。

「……出てこいよ、肉」

 次の瞬間。

 ――ぐちゅっ。

「……え?」

 嫌な音がした。

 土が、盛り上がる。

 さっきとは、明らかに違う。

 ――もぞっ。

「……え?」

 何かが、動いた。

「……ちょっと待て」

 ミトは、反射的に鍬を握り直した。

「肉って、そういう――」

 ――もぞ、もぞもぞ。

 土の中から、何かが出てこようとしている。

「……いやいやいや」

 一歩、後ずさる。

「まだ心の準備が――」

 畑が、大きく膨らむ。

 次の瞬間――

「……あ、これ、ヤバいやつだ」

 ミトの直感が、そう告げていた。

 ――いろいろと楽しくなってきた異世界畑ライフ、一日目。

 平和は、どうやら長くは続かなさそうだった。

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