突撃してきたのは年下の幼馴染

 チャイムの音が誰かの来訪を伝えてくる。

 間の悪い事に、部屋に引きこもっている俺以外家族は皆用事で出かけていて、家には俺しか居ない。

 卒業式後の一件から早一週間。それで気持ちが沈んでいるから、正直出たくねーなぁ。

 そう思うものの、うちは珍しい事に父親も同じ家に住んでいるので、かなり役所からの訪問が多い事を思い出す。


「出ない訳にはいかねーよなぁ」


 たぶん月に数回ある抜き打ち訪問なんだろうなぁ。

 成人した男性が一つの家庭に留まるって滅茶苦茶厳しい法律を突破しなきゃならなくて、抜き打ち訪問もそれにあたる。

 だから、このまま俺が居留守を決めた場合の父さんと母さんの苦労を想像し、それ以上深く考える事なく玄関へと向かった。


「はいはーい! 今出ますよー!」


 出ると決めた以上、不在と勘違いされる訳にはいかないので、大きめの声で玄関へと声を掛ける。

 そのままパタパタと小走りで駆け寄り、扉を開けると――


「和にぃ!」


「うごっ」


 見覚えのある小さな少女が、俺に突撃してきた。

 なんとか抱きとめたものの、予想以上の衝撃に変な声が漏れてしまったぜ。


「ごめんなさい! 和にぃ! うちのバカ姉が! もうもうもう、本当にごめんなさーい!」


「お、落ち着いて凜ちゃん」


 俺の胸で泣きじゃくるのは、一つ年下の幼馴染の女の子だ。

 名前は竹田たけだりんちゃんで、彼女が言うバカ姉とは美由紀の事である。

 ちなみに、美由紀は小さい頃からずっとボブヘアで、凜ちゃんはツインテールなのだけど、どちらもその髪型を俺が褒めたからってずっと続けてくれている可愛い……ぐっ、振られた一件がフラッシュバックして胃がムカムカしてきやがったぜ。

 とは言え、今俺の胸で泣く少女には関係のない話だから、深呼吸をしてから改めて声を掛ける。


「凜ちゃん、俺は大丈夫だから落ち着いて」


「で、でも! お姉ちゃんは和にぃが悪いとか訳わかんない事言ってるよ? 絶対違うよ。だって、振った私にだってずっと優しくしてくれるしぃ、ぐすっぐすっ」


「ともかく、落ち着こう。ほら、上がって。お茶を出すよ」


 可愛らしい顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにし、何度も鼻をすする凜ちゃんの手を引いて家に上げる。

 凜ちゃんはびっくりした表情をしてたけど、こうなったら問答無用だ。

 そのままリビングに案内し、テーブルの席に座らせる。


「うう、ごめんなさい。和にぃ」


「うん。分かったからとにかく落ち着こうね。ちょっと準備してくるから、大人しく座ってて」


「あぅ。わ、分かった」


 少しは落ち着いてくれたのだろう、俺の言葉に少し恥ずかしそうにしながら凜ちゃんは俯いた。

 まっ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔なんか見られたくないよな。

 しかし、これは完全に予想外だ。


 凜ちゃんどころか、美由紀だって中学に上がってから恋人になった後でも家に来た事なんてなかったからなぁ。

 それは、単純に異性の家に行く女が世間から良い顔をされないって言う事情があるのだけれども、美由紀から色々聞かされて居ても立っても居られなかったんだろう。

 何より、凜ちゃんは俺の事好いてくれているからね。


「いやー、ありがてぇのはありがてぇけどなぁ」


 ぶっちゃけ気まずいが勝ってしまう。

 そりゃそうだ。

 だって、凜ちゃんから何度も告白されて、その全てを断っているのだから。

 無論凜ちゃんが可愛くない訳でも、性格が好ましくない訳でもない。

 たぶんだけど、美由紀が居なくて凜ちゃんとだけ幼馴染だったら、付き合った事だろう。


 でも、凜ちゃんが居る時は必ず美由紀が居て、だから、どうしても凜ちゃんを妹扱いしてきた歴史がある。

 その上、俺は美由紀と付き合いだした訳だし、なんか、どうしたって凜ちゃんを妹って意識から変える事ができなかったんだよなぁ。

 だから、きっと凜ちゃんとも付き合ったら、同じ恋人なのに美由紀と色んな意味で差をつけてしまいそうだと思ったんだ。

 実際は分からないけど、自信がない状態で付き合うなんて、そんなの失礼だろう?


 きっと凜ちゃんは、そんな事より俺と付き合いたいって言ってくれたんだろうけど、それは俺が許せなかったんだ。

 だからずっと断り続けてきたんだけど。


「そっか、……そっかぁー」


 凜ちゃんが顔を拭けるようにタオルを準備し、冷蔵庫にあった麦茶とコップを二つ準備しながら俺はそう呟く。

 そうだよ、もう美由紀とは別れたんだから、改めて凜ちゃんの事を考えなきゃな。

 前からそうだけど、さっきの様子を見るに、凜ちゃんは未だに変わらない気持ちで居てくれるみたいだから。

 そう考えると、なんか不思議と胸が温かくなってきて、自然と笑みが浮かんできた。


 あー、俺、なんか、久しぶりに意識せずに笑ってるわ。

 その事実を凜ちゃんに感謝しつつ、いざ凜ちゃんの元に戻ってみると――


「あぅー。失敗したぁ。不細工な顔見られちゃったよぉー」


 テーブルにつっ伏していた凜ちゃんが、悲しそうにそう呟いていた。

 思わず笑い声が零れそうになるものの、なんとか堪えて凜ちゃんの頭を撫でる。


「大丈夫。凜ちゃんはいつでも可愛いよ」


「ひぅっ、か、和にぃ」


 ばっと体を起こした凜ちゃんは、驚いた表情を俺に向けてくる。

 ふふ、確かに涙と鼻水は付いているけど、それでも凜ちゃんは可愛いな。

 そんな事を思いながら、はいっとタオルを差し出す。

 おずおずとそれを凜ちゃんが受け取ったのを確認し、次は飲み物を準備する。


「ありがとうね。こうして来てくれて。嬉しいよ」


 流石に照れ臭かったので、視線は向けずにそう凜ちゃんへ口にする。

 丁度麦茶をコップに注ぎ終えたので、コップを凜ちゃんの方へと差し出した。


「はい。どうぞ」


「あっ、ありがとう、和にぃ」


 おおよそ涙と鼻水を拭きとった凜ちゃんは、目を赤く染めながらこちらへはにかんだ。

 その姿が可愛くて、保護欲にかられる。……はずだった。

 えっと、なんでだろう? いつもだったらほんわかするだけだったのに、なんか、少しだけ胸が高鳴っている気がする?


 とは言え、そもそも自分の精神状態が未だ万全ではない自覚はあるので、そのせいだろうと決め込んで凜ちゃんの話を聞く事にした。

 すると、出るわ出るわ、美由紀を含む俺の元カノ達への怒りの言葉の数々が。

 立花に対してすら、お姉ちゃん達を誘惑した男も男よって怒ってくれて。そんな凜ちゃんに対し、俺は感謝の念を抱く。


「もー、和にぃは優しいから許してくれているだけで、お姉ちゃん達は皆もっと怒られるべきだと思う! って、和にぃなんで頭をまた撫でてくれるの? あっ、嬉しいから続けて!」


「あははは、凜ちゃんが俺の代わりに怒ってくれているからだよ。ほんと、ありがとうね。勿論俺から撫でさせてもらったんだし、凜ちゃん満足するまで撫でさせてもらうよ」


 さっきまでぷりぷりと怒っていた凜ちゃんは、今では嬉しそうにその綺麗な黒髪を俺に撫でさせてくれる。

 いやー、ほんとサラサラだよなぁー。

 うん、前世で基本的に日本人は黒目黒髪だった俺には本当に馴染み深い色であり、ほっとするんだよなぁ。

 目も濃い青色だけど、パステルカラー色も普通に居るこの世界の住人と比べれば、個人的に馴染みやすい色だと思う。

 それに、単純にどちらも綺麗だしね。

 それは美由紀も同じだったのだけど――やめよう、折角さっきまで忘れていたのに、嫌な事思い出すのは。


 俺は不快な記憶を頭から追い出し、家族が帰ってくるまで凜ちゃんを愛でるのだった。

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男女比が1対10の世界で男に産まれたのに、恋人達を寝取られました! 平野とまる @tomaru123

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