第3話 元小学校教師F氏

 玄関をあけると空は灰色に曇っとった。昨日の今にも雨が垂れ込めそうな曇天とは違う、黒板から落としたチョークの粉みたいな色だ。

 まあ、最後の朝にしてはそう悪くはないではないか。整えたばかりの髭をひと撫でして門の前に立つ。

 わしに続いて出てきた婆さんは、昨日に比べればいいお天気ですねえなどと呑気なことを言っておった。娘に譲らずにいたいっとう上等な着物を着、薄化粧をしている。紅をさしたのは何年ぶりか。皮肉にもこの家の時間が、この朝に進み始めたような気がする。

「あなた、切り火をしますよ」

 今更そんなもんに価値などないわい、とわしは吐き捨てた。厄除けなど役には立たん。戦争にとられた叔父は結局は帰ってこんかった。

 婆さんが横に立つ。火打石は、新しかった。わずかな光を浴びて黒く光っておる。

「蔵に入っておっただろう、なんだそれは」

「通販で買いました。見つかりませんでしたから。それに、あの蔵は嫌いです」

「それは、そうであろうな」

 この村の者で蔵が好きな者など一人もおらん。

 カチカチと2回、火花が散る。婆さんは半歩後ろに下がり、わしのあとに続いた。星座占いの話を長々としておる。話の内容は耳を滑るだけだ。

 女の死生観は分からん。ただ、受け入れるものだと信じておるような。一緒になった時から今までで最も、婆さんがおそろしいと感じる道のりであった。

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