第5話 旅の終着点

 十年、いや、二十年は経っただろうか。ほとんどの建物がコンクリートで、ずいぶんと背が高くなり、一階建ての建物や木造建築の方が珍しくなった。


 子供はあまり見かけなくなったし、見かけた時も、女の人ではなくて男の人が抱いていることがあった。人々の髪の色は金色から桃色、水色と種類が増えていくし、綺麗な青い瞳の人が接客をしている店もある。外国人、という、他国から日本に移り住んだ人もいるらしい。


 みんな何故か前ではなく手元を見て歩いているし、耳から白いコードのようなものが伸びている。すまーとふぉん、とか、いやふぉん、とかいうものらしい。だいぶ、世界は変わってしまったようだ。


 そんなことを思っていたら、宿泊先の寺に手紙が届いた。今度はどこに泊まることになったよと、兄にいちいち連絡していたからだろう。ようやく仕事を辞めることにしたから、いつか約束した旅行に行こう、というものだった。


 そういえば、結局どこへいくか決めていなかった。こんなに変わったせわしい世界で生きてる兄さんには、昔のことでも思い出して、癒されてほしいなぁ。昔の思い出……大根のおっちゃん……黄金に光る寺があるとか、言っていたっけ。あの頃の自分は一塵も信じなかったけどなぁ。


関東ここより北なら、中尊寺金色堂のことでしょうな。岩手県なんで、今の時期は寒いですぞ」


「そうですか、まぁ少し歩いてみます」


 寺を出た日、和尚さんに感謝を言って、岩手という地を目指した。随分と寒かった。昔に兄が買ってくれた服も、もうあまり厚くはない。何枚かを重ねて着て、あまり家が見当たらないものだからここで野宿にしようと決める。外で寝るのはよくあることだったが、実は、彼が北の地へ来たのは生涯で初めてだった。


 雪が降り始めた。しんしんと、空を舞うそれは、神秘的でこそあった。ただ、この時にゆたかはちゃんと建物を探しておくべきだった。


 雪のことも、吹雪のことも、ましてやそれが土に溶けずに積もっていくとこも知らない豊は、ただ寒いなぁ、としか思わなかった。しかしその寒さも、時間が経つにつれて感じなくなってくる。それがもうしばらく経つと、眠気が襲ってきた。


 もう寒くない。明日になったらまた山を登ろう。兄さんが楽しめる旅の予定を作ろう。それに相応しい場所を探そう。


 晃はどんな顔をするだろうか。そもそも、おっちゃんとの話を覚えているだろうか。胡瓜や大根の話をすれば思い出してくれるかもしれない。あとは……海に浮かんでる鳥居。人の背より大きな大仏さま。おっちゃんが話してくれた場所を巡ろう。


 そして最後は、二人で村に帰ろう。もう今はだいぶ姿を変えてしまったかもしれないけれど、そこで育ったことは変わらないし、そこでの思い出も……消えてないはずだ。


 そんなことを思えば自然と頬が緩み、豊は静かにその目を閉じた。






 豊は、まぶたの裏に光を感じて目を開けた。いつの間にか夜が明けていたらしい。凍えるようなあの時をよく生きてられたものだと、自身の身体を見やる。透き通るような白い肌と、骨のあとがくっきり見えるほどこけた腕。朝霞のせいか、自分の足元などよく見えぬほど視界はぼやけていた。


 刹那、一陣の風があたりを吹き抜けた。反射的に、豊はしわしわのまぶたをぎゅっと閉じる。少しのあいだをおいて次に彼が目を開けた時、目の前に広がっていたのは、なんとも信じ難い光景であった。


 それは海だった。いや、雲のようでもあった。真っ白な花が一面に咲いた原っぱのようにも思えたし、白銀の雪が敷き詰められた場所のようにも見えた。とにかく、幻想的で、美しかった。


 人はよく、人生を旅路に置き換えるのだという。本当にその通りだと思う。あちらこちらと自由奔放に歩き回ったが故に、行き止まりには立ち遭わなかったし、右往左往することもなかった。常に己の行きたい方向へ進み、誰の意見にも左右されず、自分のために生きた。それ故に、自分の逝き着いた先は、こんなに美しい場所であったのだろう。






 小野木おのぎ豊は旅人であった。


 金も地位も名声も持たぬ男であったが、その名の通り、人生の豊かさだけは生涯を通して持ち続けた、最も幸せな旅人であった。

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時の旅人 天宮 乙葉 @Amamiya_novel

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