第1話 募集:前衛(ただし命を懸けなさい)
王宮の晩餐会。
招待状が来たとき、わたくしは欠席しようとした。
だが、断ると「気難しい」と言われる。出席すると「近寄りがたい」と言われる。
どちらにしても言われるなら、料理が美味い方を選ぶのが合理的だ。
会場は眩しかった。
光るシャンデリア。
音楽。
香水。
宝石。
絹。
誰もが、まぶしい笑顔を貼りつけていた。
完璧な姿勢。
完璧な角度。
完璧な褒め言葉。
あれは、演出だ。
心を奪うための、綺麗な罠。
「……眩しさや完璧さは本当に必要でしょうか?」
わたくしは、紅茶の湯気の向こうで呟いた。
一瞬だけ心を奪えば、それで十分なのでしょうか?
それとも……長く人を惹きつけるのは、言葉や会話の温度だと思いませんか?
あなたは、それを大切にできる方ですか?
――この問いを、わたくしは誰にも投げなかった。
投げたところで、あの場に“答える覚悟”を持つ者はいないと、知っていたからだ。
いや。
知っていた、というより――そう信じたかったのかもしれない。
あの晩餐会で、わたくしは終始、褒められた。
魔導院の功績。
討伐の実績。
詠唱の精度。
戦術の正確さ。
完璧だ、凄い、素晴らしい。
しかし。
誰も、わたくしの隣に腰を下ろしてはくれなかった。
「ソフィ様、こちらのお席へ……」
侍女が案内した席は、いつも最前列で、いつも中央で、いつも孤立している。
わたくしの椅子の周りには、目に見えない透明な壁がある。
壁を壊すのは簡単だ。
時空魔法で壁ごとずらせばいい。
けれど、そういうことじゃない。
わたくしは、ただ――
スイーツに一喜一憂したかった。
くだらないことで笑いたかった。
「美味しいね」って言って、「ね」って返してほしかった。
そういう温度を。
「……タルト、お待たせしました」
店主が、りんごのタルトを置いた。
きつね色の焼き目。
甘い香り。
添えられたクリームが少し震えている。
わたくしの魔力に反応しているのかもしれない。
可愛い。
「ありがとう」
わたくしはフォークを手に取った。
一口食べて、頬がゆるむ。
うむ。美味い。
しかし。
美味い、だけでは、足りない。
「……美味しい、ですわ」
言ってみる。
返事はない。
当然である。わたくしは一人なのだから。
「…………」
わたくしは、フォークを置き、カウンターの端に視線をやった。
そこに、冒険者らしき若者が座っている。
背丈は高くない。
鎧は軽装。
剣は細身。
顔つきは真面目で、しかし、目が泳いでいる。
わたくしの視線に気づくと、彼は慌てて紅茶――ではなく、安酒を飲み干し、咳き込んだ。
「あなた」
わたくしは、にこやかに声をかけた。
若者が硬直した。
肩が上がる。
背筋が伸びる。
逃げる準備が整う。
素晴らしい反射神経だ。
「は、はいっ……!」
「さきほどの募集、聞きまして?」
「き、聞いてました……!」
「なら、簡単ですわね。あなた、前衛になりなさい」
「えっ、いや、その……」
よろしい。
この躊躇。
この恐れ。
これこそ、アピールの前兆である。
わたくしは微笑みを深くした。
「安心なさい。あなたが死にそうになったら、時間を止めて回収してあげますわ」
「それ、安心していいやつですか……?」
「え?」
「い、いえ、なんでもないです!」
彼は、わたくしから目を逸らしながら、必死に言葉を探している。
――可愛い。
なるほど。
この場には、ちゃんと“勇気を振り絞れる者”が存在したのだ。
「では、あなたの名前を」
「リ、リオンです……!」
「リオン。良い名前ですわ。覚えました」
わたくしが言うと、彼は耳まで赤くなった。
――ふふ。やっぱり。
「質問ですわ。あなたは、甘いものは好き?」
「えっ……?」
「好き? 嫌い?」
「す、好きです……! 多分……!」
多分。
その曖昧さが良い。
完璧じゃない。眩しくない。
それでいいのだ。
「では、ここに座りなさい」
「えっ、えっ……?」
わたくしは、自分のタルト皿を少しずらし、隣の空席を軽く叩いた。
まるで当然のように。
彼は、座るか逃げるかの間で、短い人生を走馬灯させた顔をしたあと、そっと腰を下ろした。
椅子はきしまず、かわりに彼の心がきしんだ。
「……い、いいんですか? 僕なんかが……」
「当然ですわ。前衛募集ですもの。条件に合致しています」
「条件……って、さっきの、あの……口上の……?」
「ええ」
「僕、命懸け……?」
「ええ」
彼は固まった。
わたくしは、紅茶を一口飲み、さらりと言った。
「ただし」
「た、ただし?」
「わたくしにお話があるんですか?」
「えっ……?」
「そのお話で、わたくしの心を動かせますか?」
「ほんの少し笑わせられるでしょうか?」
「それとも、なるほどと唸らせてくれるでしょうか?」
「えっ、えっ、えっ……?」
「せっかくなら、あなたの“面白い切り札”を見せてくださいね」
リオンの顔が真っ白になった。
周囲の客の顔も真っ白になった。
店主だけが、遠い目をした。
……あら?
わたくしは首をかしげる。
いまのは、優しい導入である。
会話の温度を大切にする人かどうか、確認しただけである。
「……無理、ですか?」
「む、無理っていうか……あの……」
リオンは、震える手で、自分の安酒のジョッキを握りしめた。
「僕、面白い切り札とか、持ってなくて……」
「……そう」
わたくしは頷いた。
なるほど。
では、この方は。
「切り札は、温存派ですのね」
「違います!」
即ツッコミ。
良い。
反射が良い。前衛向きだ。
わたくしはにこりと笑った。
「なら、今ここで作りなさい。あなたの切り札」
「無茶だ……!」
「無茶ではありませんわ。人生はいつだって即興ですもの」
リオンが、口をぱくぱくさせた。
そして、観念したように――小さく息を吸った。
「……タルト、好きなんですか?」
「好きですわ。今食べていますもの」
「……一人で食べて、寂しくないですか」
「…………」
その質問は、熱い針みたいに、わたくしの胸の真ん中に刺さった。
リオンは、慌てて言い訳を始めた。
「い、いや、変な意味じゃなくて! その、さっき、独り言みたいに『美味しい』って言ってたから……! あ、独り言じゃないか……えっと……」
彼は頭を掻きながら、困ったようにわたくしの顔を覗き込んだ。
「つまり……すごい力を持っていても、寂しいから一緒にいたいってことですよね?」
「……な、ななな何を言っていますの!?」
わたくしの魔力が、
制御不能なほど微弱に漏れた。
「わたくしは! 孤高! 孤高を愛する女ですわよ! 一緒にいたいだなんて、そんな、そんなアピール……ひゃ、100年早いですわ!」
「あ、やっぱり怒らせちゃいましたよね……。すみません」
「怒っていませんわ! 驚いただけですわ!」
わたくしは、フォークを握り直した。
――この男。
切り札、あるじゃない。
「……あなた」
「は、はいっ」
わたくしは、ゆっくりと言った。
「いまのは、少しだけ……“温度”がありましたわ」
「え……?」
「合格です。仮採用」
「仮……!」
「本採用は、戦場で決めます」
リオンの顔から血の気が引いた。
しかし、逃げなかった。
それがまた、良い。
「では、乾杯しましょう」
「乾杯……?」
「ええ。あなたの勇気に」
わたくしは紅茶を掲げた。
リオンは震える手でジョッキを掲げた。
カチン、と音がした。
グラスでもジョッキでもない。
空気が、小さく割れた音だった。
次元の隙間。
わたくしの周囲に、薄い魔方陣が浮かんだ。
店内の誰かが息を呑む。
「……来ますわね」
「えっ、なにが……?」
わたくしは、微笑んだ。
こういう時の笑顔は、老婆用ではない。戦場用だ。
「悪魔ですわ」
「は?」
次の瞬間、酒場の壁が黒く染まった。
灯りが揺れ、影が伸び、床下から冷たい笑い声が立ち上る。
――招いてもいないのに、来るやつは来る。
困る。
「リオン」
「は、はいっ……!」
「前衛の初仕事ですわ」
「今!?」
「今です」
わたくしは椅子から立ち上がり、袖を払った。
小柄な体。
重心の低さ。
床が、また安心する。
「わ、わたしが詠唱を始めたら、あなたはただわたしを守ることに集中すればいい――」
「口上通りですね!?」
「当然ですわ。嘘は嫌いですもの」
わたくしは両手を広げた。
掌に、青い光が宿る。
店の空気が、砂糖の粒のように震えた。
「さて」
わたくしは、目を細める。
「あなたは、
一瞬で終わる選択をしますか?
それとも――後悔しない方を選びますか?」
リオンが、剣を抜いた。
その手は震えている。
だが、足は前に出た。
「……後悔、しない方を選びます!」
よろしい。
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