第5話 評価の朝
朝だった。
目覚ましより先に、スマホが光った。
見なければいい。
本気でそう思った。
でも、もう何度も同じことを思っている。
暗号資産のアプリを開く。
そこに並ぶのは、
私が選んだ推したちの名前。
合計評価額――
210,000円。
一瞬、意味が分からなかった。
昨日まで、
確かにそこにあったはずの数字。
300,000円。
九万円。
三分の一まではいかない。
でも、十分すぎるほどの減少。
「……21万?」
声に出した瞬間、
胸の奥がすっと冷えた。
イーサリアムは、下がっていた。
大きくはない。
でも、確実に。
支えてくれると思っていた土台が、
少しだけ沈んでいる。
ソラナは、派手にやられていた。
勢いがある分、
落ちるときも速い。
シバイヌは――
言葉がない。
話題が消えた瞬間、
存在感まで一緒に薄れていた。
追加した三人も、無事ではない。
NEARは、材料待ちのまま沈黙。
HBARは、耐えてはいるが、
耐えているだけだった。
ALGOは、
まだ始まってすらいない顔をしている。
「……一気にきたね」
あいを呼ぶと、
彼女は事実だけをなぞるように言った。
「短期で見ると、
こうなる可能性は最初からあった」
分かってる。
分かってた。
でも、分かっていることと、耐えられることは違う。
30万円だったものが、
21万円になっている。
減ったのは、数字だけのはずなのに、
なぜか自分まで軽くなった気がした。
そのとき、
ふと頭に浮かんだのは――
**円(まどか)**だった。
何もしていないのに、
彼女は減らない。
増えもしないけれど、
裏切りもしない。
財布の中のまどかは、
昨日と同じ顔をしていた。
静かで、無言で、
今日もそこにいる。
「まどかは、強いね」
私が言うと、
あいは少し考えてから答えた。
「強いというより、
感情を揺らさない存在」
推した子たちは、
私の感情を揺らす。
期待させて、
落として、
それでもまた見させる。
でも、まどかは違う。
何も語らない。
何も約束しない。
「じゃあ、円が正解?」
その問いに、
あいははっきり答えた。
「円は、
物語を始めない」
私はスマホを伏せた。
売らない。
でも、買い増しもしない。
今日は、何もしない。
そう決めたはずなのに、
頭の中では
“ここから戻せるのか”
という問いが、
何度も繰り返されていた。
30万が、21万。
これは失敗なのか。
それとも、
物語に必要な通過点なのか。
推し活は、
調子が悪いときほど、
本性が出る。
そして私は、
もう知っている。
これは投資じゃない。
覚悟の話だ。
『単推ししないと決めている』〜AIと私と、推しになったお金の話〜 星野 暁 @sakananonakasa
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