第2話 灰の街で、「狼は止まらなかった」
朝は、音もなく来た。
空は相変わらず灰色で、光は弱い。
――灰夏・葵
目を開けると、天井はなかった。
崩れた建物の骨組みと、遠くの空。
夢は見なかった。
眠った、という感覚だけが残っている。
体を起こすと、少し離れた場所に、ルピナスさんがいた。
壁を背にして座り、目を閉じている。
……寝てない。
そう思った瞬間、耳が動いた。
「起きたか」
「……はい」
俺は慌てて答えた。
見張りをさせてしまった、という事実が、遅れて胸に刺さる。
「……すみません」
「必要ない」
即答だった。
「ここでは、眠れる時に眠る。それだけだ」
正しい。
でも、それができないのは、俺の方だった。
街を出る準備は、ほとんど要らなかった。
持てるものは少ない。
残っているものも、役に立たない。
歩き出すと、足音が二つになる。
それだけで、昨日までと世界が違って見えた。
「……どこに行くんですか」
しばらくしてから、聞いた。
「南」
短い答え。
「理由は?」
「獣人の施設があった」
それ以上は語られない。
――妹。
言葉にしなくても、わかった。
――ルピナス・テイラー
子供の歩幅は、不安定だ。
瓦礫を避ける判断が遅い。
体力も、持久力も足りない。
それでも、歩くのをやめない。
――悪くない。
途中で、廃屋に立ち寄る。
食料は、ほとんど残っていない。
灰夏が、缶詰を一つ見つけて差し出してきた。
「……どうぞ」
「君が食べろ」
「……でも」
「命令だ」
一瞬、戸惑ってから、彼はうなずいた。
命令という言葉を使ったのは、失敗だったかもしれない。
だが、この世界では、曖昧さが命取りになる。
――灰夏
缶詰の味は、ほとんどしなかった。
それでも、胃に何かが入ると、少しだけ力が戻る。
「……ルピナスさんは、食べないんですか」
「後でいい」
後で、が来ないこともある。
そう思ったけど、言えなかった。
歩き続ける。
街の外れ。
そのとき、音がした。
今度は、昨日とは違う。
複数。
足音。
話し声。
「……人?」
声が、震えた。
「下がれ」
短く言われ、反射的に従う。
――ルピナス
人間だ。
三人。
装備は貧弱だが、目が生きている。
狩りをする目だ。
「獣人だぞ」
「……子供もいる」
聞き捨てならない声。
「売れるか?」
――来たか。
私は一歩前に出る。
灰夏を、完全に背に隠す。
「近づくな」
声を低く落とす。
相手の一人が笑った。
「その子だけ置いていけ」
その瞬間、判断は終わった。
――灰夏
空気が、変わった。
昨日の戦闘とは違う。
音も、動きもないのに、喉が締めつけられる。
ルピナスさんの背中が、動かない。
「……行こう」
小さく、そう言われた。
ゆっくり、後退する。
相手は、追ってこない。
ただ、見ている。
距離が開く。
足が、もつれそうになる。
「止まるな」
低い声。
必死に、歩く。
十分ほど進んでから、ようやく止まった。
「……あの人たち……」
「狩人だ」
「……人、ですよね」
「そうだ」
それ以上、説明はなかった。
夜。
昨日より、少しだけ火を使った。
――灰夏
「……俺、邪魔じゃないですか」
思わず、口から出た。
ルピナスさんは、すぐには答えなかった。
「……邪魔なら、連れていない」
「君は、判断の結果だ」
それは、昨日と同じ言葉だった。
でも。
「……それでも、足音が増えた理由にはなる」
そう言って、少しだけ視線を向けた。
胸の奥が、温かくなる。
怖い。
世界は、何も優しくない。
それでも。
「……明日も、歩けます」
そう言うと、ルピナスさんは、短くうなずいた。
文明は、もう戻らない。
人は、人を狩る。
それでも、足音は二つのままだった。
それが、二日目だった。
灰の世界で君と歩く なゆちゃ @nayucha
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