第6話 赤信号

 俺が安堵のあまり脱力していると、阿波野ゆめは極めて淡々と、


「むしろ、祐希くんの方こそ女っ気はないの?」


 それはかつての彼女らしい、イジリの混じった声色では確実になかったけれど、その言葉の文字列と声色が(阿波野ゆめの声であるという時点で)若干過去とリンクして、ほんのわずかに気分が高揚する。


「顔はぼちぼちいいんだから」

「ぼちぼちて」

「可愛い顔してるよ、祐希くんは」


 赤信号を見て一時停止、ブロロロ……とエンジンの吹く音が、わずか二人、騒がしくもなく柔い会話ばっかりの車内ではよく響いていた。

 それと、俺の顔からも火が吹き出そうだった。 相手が特に表情を変える訳でもないので、俺の方も平静を保とうとはしているんだけれど、初恋の人に言われる"可愛い"はあまりに格別だった。

 おとこの娘的に可愛いと言われたい!みたいな趣味がある訳ではなくて、ただ単純に、好きな人に褒めて貰えたから嬉しかった。


「てか君、頭いいからモテるでしょ」

「そんなことは……」

「私は知的な人がタイプだったよ。 中学とか、高校の時は」


 信号が青になって、ノロノロ歩道を歩いてたスーツ姿の男が慌てたように走る。 なんかウケるね、と彼女はこちらにニヤリとした笑みを向けてきて、危なっかしいだけで、ウケませんよと俺は素っ気なく返した。

 本当に知的な人がタイプなら、何度も、君は頭がいいんだね、と褒めてくれたあの夏、俺にメロメロでなかったことにどう説明をつけるつもりなんだろう、この女は。

いや、タイプと言うだけであって、それがあればイコール恋しちゃうとはならないか。

 恋愛のタイプとはあくまでキッカケのひとつであって……、またあるいは、恋への言い訳程度にしかならなそうな事を、この時初めて悟った。


「まぁ、不安がらなくても出来るだろうさ、そのうち。 お姉さんが保証したげる」

「もしその保証を信じて恋愛方向に飛びたった俺が、すこぶる恋愛面において不良品で、ゆめさんとこに返品されてきたらどうします?」

「それはまぁ……話くらいなら聞くよ。 でも東京来てね、実費で。 あと飲み代は奢ってくれると助かるなあ、割とカツカツなんだよね」

「こんな突飛に旅行なんてするからでは?」

「これは、働き始めてから毎年貯めてたお金なので関係ありませんし、突飛に旅行なんてできません。 出来るだけ家でダラつきたいの私は」


 それは何となく知ってる。 目の前にいる阿波野ゆめと、記憶の中の阿波野ゆめの、見た目と声以外の数少ない一致ポイントだった。


「ところでさ」


 再び赤信号で車が止まる。 なんにもない平日の昼間だと言うのに、本当にたまたま車が混みあっていて、無駄に信号で引っかかるのだった。

 ゆめさんはハンドルを握りつつ、人差し指でトントンとハンドルの縁を叩き始めた……。


「今日の昼ごはん、どうしようか」

「決めてなかったんですか? ……あぁ、弁当屋の予定だったんですっけ」

「そ、まさか潰れてるとは思ってなくて……やっぱり、調べずに予定立てるもんじゃないね〜」


 やっとのこさ青信号になって、グッとハンドルを握り直し、直進。 昼飯をどこで食べるのかが定まっていないので、この直進はどこへ向かうためのものなのか分からないし、けれどそういう無意味で無計画なドライブに、気持ちの高鳴りを覚える。


「元々、俺は式場で昼ごはん食べる予定だったので……」

「あー、まぁそうだよね。 こんな事なら寿司とかパックに詰めて持ってくればよかったな」


 取るだけ取ってとっとと撤退するのは、それはそれでどうなんだ……。

 ゆめさんがそんな事を言いながら、右手をピースにしてひょいひょいしてるのが一瞬何かわからなかったけれど、まぁ多分パックに寿司を詰めてるジェスチャーのつもりなんだろうな。

 彼女の横顔から読み取れるのは、少しの後悔と冗談を交じえたようなものだった。


「なんか、食べたいものとかないの?」

「いやぁ、別になんでも……」

「何でもがいちばん困るんだよ」

「親みたいなこと言いますね?」


 馬鹿言えよ、私は祐希くんのママじゃないですよ。 と、ゆめさんはニヒルに笑った。

 とはいえ、せっかく乗せてもらってるのに自分は何もしない、というのがなんだか申し訳なかったので、スマホを取りだして近くの飲食店について調べ……いや、それより目的地に向かう途中の方が寄りやすいかな。


「何があるか調べてみます。 今日の最終目的地は?」

「宇都宮のつもり。 だから、昼ごはん餃子はナシね」

「あ、夜は餃子で確定してるんですか」

「祐希くん、それは愚問だよ」


 やかましいわと思いつつ、マップアプリを起動。

 飲食店と調べると、何やら大量の店がヒットしてしまう。 バックミラーに映る自分はとてつもなく怪訝そうな顔であった。

 昔から、多くから何かを決めることだとかそういうのが得意ではなかったので、もう面倒くさいしチェーン店でいいんじゃないかと、和風料理チェーン店を開く。

 こっぴどく書かれた従業員への悪口レビューがいくつか、開いた瞬間目に入ってきたので、心を痛めた俺はそっとスマホ画面を閉じた。

 俺はちょっと、役に立ちそうにないな……。


「おぉい、諦めるなよ少年」

「無理です、決めれない。 優柔不断なんです俺は」

「そこは昔から変わらないんだ……仕方ない、君以外の同乗者に聞くとしようかな」


 なんだ? 後部座席に見えないお友達でも連れてるのか? と若干の恐怖に怯えるものの、決してそんなことはなく。


「オッケー、グルグル」


 さっきから定期的に、直進です、右方向です、とナビに勤めてくれている、彼女のスマホの中のAIの事だった。

 この辺でオススメの洋食料理店教えて! 彼女がそう言うと、いくつかに絞られピックアップされた、評価が高い料理店の数々が表示される。 

 俺は新時代の到来と、AIから贈られてきた敗北の味を感じた。


「お、ここいいじゃん。 流石グルグルくんだ」


 はい、ありがとうございます(若干嬉しそうな声で)。

 AIに嫉妬するのは、これが初めてだった……。

 詳細を見るためスマホを借りて良いか問うと、どうぞご自由にとばかりにスタンドからスマホを外して、こちらに中指と親指だけでひょいと渡してきた。 海外映画で稀に見る、クールビューティーな女性のコーヒーの渡し方さながらだった。

 まぁ、渡されたのはコーヒーじゃなくてスマホだし、別に彼女はクールビューティーというよか可愛いお姉さんって感じだし、乗ってる車は外国産高級車じゃなくて、ただのワゴン車なんだけど。


 スマホを操作して美味しそうな写真付きレビューの数々を眺めていると、「しかし今日はやたら信号に捕まるね、平日なのに」、 と恨みったらしく阿波野ゆめが呟いた。


「まるで街が、君を出したくないみたい」

「辞めてくださいよ。 俺はこの街のなんなんですか」

「この街で大いに愛された教師の、大切な一人息子……長谷川祐希を、ここから出すな!! ってね」

「映画か漫画の見すぎです」

「最近はもっぱらテックトックだな〜」

「六十秒動画の群れの中のどこにホラー知識をつけるものがあるんですか」

「ほら、解説の日本語が不自由すぎるさ、映画紹介してるヤツあるじゃん」

「著作権的にかなり怪しいヤツじゃないですかそれ……」


 とか言ってる間にも、俺の手の中にあったスマホがバイブレーションして、あなたへのおすすめ! と堂々著作権的に怪しい動画が通知されていた。

 今の時代、無料で且つ数十秒で名作映画の面白いところだけを食べれるこういった類の動画は確かに需要があるんだろうけど、それにしたって良くないものは良くない。

 軽く説教でもしてやろうかと思って彼女の方に視線を戻すと、今日はよく晴れてるね〜と、もう既にさっきまでの会話は飽きたらしく、その怒りはそのまま心の奥にしまう羽目になった。


「せっかくの旅行日和なのに、混み合ってるせいで進まないねえ」

「初めからちゃんと調べて、計画を立てなかったからでは?」

「えぇ? いやいや、それは君……ちょっと、ねぇ、それはさぁ」


 ゆめさんがなんでか急に、くねくねゴネゴネとし始めたので、困惑のあまりうわ、と声が漏れる。

 出来れば運転中に視線を前から外すようなことはしないで欲しいのだが……


「君が教えてくれたんじゃん。 旅行は、無計画に行くものだって」


 恨みったらしく、若干呆れというか、ありえね〜みたいな顔をして、彼女はそんな事を言った。

 そういえばそう言うふうな事、言った気もするし、言ってない気もする……。

結局、昼ごはんはAIが選んだ洋食料理店に決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月11日 19:00

初恋のお姉さんに乗せられて、初恋を汚す旅の話。 ぼたも〜 @djdgtdjn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画