第10話「断罪の光、後悔の闇」
王宮のボールルームは、相変わらずきらびやかな光と音楽で満ちていた。
しかし、その空気に浮かぶのは、以前のような華やかさではない。疫病の不安、王家への不信感、そして偽りの聖女への失望が、重苦しい影を落としていた。
私とキリアン様が腕を組んで会場に現れると、一斉に注目が集まるのがわかった。
好奇と、驚愕と、そして少しの恐怖。
『氷の公爵』が、あの曰く付きの令嬢を伴っている。その事実だけで、会場は静かにどよめいた。
私は、キリアン様から贈られた夜空色のドレスを身にまとっている。背筋を伸ばし、まっすぐ前を見据える。もう、あの日のように俯いたりはしない。
会場の中央では、エドワード殿下とエリアナが、不安げな貴族たちを前に虚勢を張っていた。
「心配はいらない! 聖女の祈りによって、疫病はじきに退散するであろう!」
エドワード殿下の空虚な言葉に、しかし、もはや誰も耳を貸そうとはしなかった。
その時、キリアン様が、静かに、しかしホール全体に響き渡る声で言った。
「殿下。その茶番は、もうおやめになったらいかがですかな」
音楽が、ぴたりと止んだ。
全ての視線が、キリアン様へと注がれる。
エドワード殿下は、顔を真っ赤にしてキリアン様を睨みつけた。
「アシュフォード公爵! 貴様、今なんと言った!」
「聞こえませんでしたか。その隣にいる女は、聖女などではない。ただの詐欺師だ、と申し上げたのです」
会場が、大きくどよめく。
エリアナが、わなわなと震えながら叫んだ。
「な、なんですって! わたくしを侮辱するおつもりですの!」
「侮辱? 事実を述べたまでだ」
キリアン様は、少しも動じない。
彼は懐から一枚の書類を取り出し、国王陛下へと歩み寄った。
「陛下。こちらに、エリアナと名乗る女が、リゼット嬢を陥れた数々の証拠がございます。ご確認を」
国王が厳しい顔で書類に目を通し始めると、キリアン様は、集まった貴族たちに向き直った。
そして、あらかじめ配置していた部下たちに合図を送る。
すると、次々と証人がホールへと入ってきた。
学園の庭師、パーティーの給仕、そしてエリアナ付きだった侍女。
彼らは、震えながらも、真実を語り始めた。エリアナが、いかにして巧妙にリゼットを悪役に仕立て上げたのか、その全てを。
「そ、そんなの嘘よ! みんな、リゼットに買収されたんだわ!」
エリアナが金切り声を上げる。
だが、その言葉を信じる者はもう誰もいなかった。
とどめを刺したのは、キリアン様が連れてきた、教会の高位神官だった。
神官は、特別な神具をエリアナにかざす。それは、聖なる力の有無を判別できる、古代の遺物だという。
神具は、何の光も放たなかった。
「……偽物だ。この娘に、聖女たる資格はない」
神官の厳かな宣告が、エリアナの断罪を決定づけた。
追い詰められたエリアナは、それまでの可憐な仮面を剥ぎ取り、本性を現した。
「うるさい! あんたたちが勝手に私を聖女だって持ち上げたんでしょうが! 騙される方が悪いのよ!」
その下品な叫び声に、誰もが顔をしかめる。
エドワード殿下は、隣で起こっていることが信じられないというように、呆然と立ち尽くしていた。青ざめた顔で、エリアナと、私と、証人たちを交互に見ている。
「エリアナ……? 嘘だろ……? 君が、そんな……」
自分が信じてきたもの全てが、砂の城のように崩れ落ちていく。
彼は、自分がどれほど愚かだったのかを、今、この瞬間、ようやく理解したのだ。
自分の手で、真実の宝石を捨て、偽物のガラス玉を拾い上げてしまったことを。
断罪の光が、偽りの聖女を照らし出す。
そしてその後ろには、全てを失った王子の、深い後悔の闇が広がっていた。
***
俺は、リゼットの手を固く握った。
彼女は、少しも震えていなかった。ただ、まっすぐに前を見据え、この光景を見届けている。
彼女が失ったもの、耐えてきた苦しみを思えば、これしきの断罪では生ぬるい。
だが、これは始まりに過ぎない。
俺の隣で、彼女が心から笑える日まで、俺は彼女を守り抜く。
エドワード、お前は気づくがいい。
お前が手放したのが、この国の未来そのものだったということを。
俺は、そんな愚かな男から、世界でたった一つの宝物を、確かに奪い取ったのだ。
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