第9話「氷解の証明」
薬草園での日々は、私に自信と落ち着きを与えてくれた。
私が力を注いだ薬草から作られた特効薬は、試験的に使用された国境の村で、目覚ましい効果を上げたという。
その知らせを聞いた時、キリアン様は「よくやってくれた」と、私の頭を優しく撫でてくれた。
ただそれだけで、今までの苦労が全て報われた気がした。
一方、王都に戻ると、エリアナとエドワード殿下の評判は地に落ちていた。
疫病の前で無力だった偽りの聖女。そして、彼女を庇い続けた愚かな王太子。
民衆の失望は、今や怒りへと変わりつつあった。
貴族たちの間でも、王太子の廃嫡を求める声が、公然と上がり始めていた。
そんなある夜、キリアン様が彼の執務室に私を呼んだ。
彼の前には、分厚い書類の束が置かれている。
「リゼット。準備が整った」
静かな、しかし確信に満ちた声だった。
彼は書類の束を私の前に差し出す。
「これは?」
「君を陥れた者たちの、罪の証拠だ」
息をのんで、書類をめくる。
そこには、私が婚約破棄されたあの日までの、エリアナの不可解な言動の数々が、時系列で詳細に記録されていた。
エリアナが私の教科書を破った瞬間を目撃した、学園の庭師の証言。
エリアナが自らドレスにワインをこぼし、私に罪をなすりつけたのを見ていた、パーティー会場の給仕の証言。
彼女が慈善活動の寄付金を盗み、自分の部屋に隠すのを見たという、エリアナ付きの侍女の告白。
階段から落ちそうになった一件も、彼女がわざと足を滑らせ、私が突き飛ばしたかのように見せかけた、自作自演だったこと。
全て、キリアン様が独自に人を使い、集めてくれた証拠だった。
私の知らないところで、彼は私の無実を証明するために、ずっと動いてくれていたのだ。
「どうして……ここまで……」
「言ったはずだ。君が不当に貶められるのは見過ごせない、と」
書類の中には、エリアナの出自に関する調査報告もあった。
彼女は、聖なる力を持つ家系の生まれなどではなかった。没落寸前の貧乏男爵家の遠縁で、金に困った両親によって、わずかな治癒能力を大げさに宣伝され、教会に売り込まれたのだという。
全てが、嘘で塗り固められた虚像だった。
「次の夜会で、全てを明らかにする」
キリアン様は、立ち上がると窓辺に歩み寄った。
月明かりが、彼の怜悧な横顔を照らし出す。
「君を『悪役令嬢』などと呼んだ者たちに、思い知らせてやる。本当の悪役が誰だったのかを。そして、彼らがどれほど愚かで、尊いものを失ったのかを」
その銀色の瞳には、冷たい怒りの炎が燃えていた。
それは、私のためだけに燃やされる、正義の炎。
「君の無念は、俺がすべて晴らす。だから、何も心配せず、俺の隣にだけいてくれ」
彼は振り返ると、私に向かって手を差し伸べた。
あの日、絶望の淵にいた私を救い出してくれた、大きくて温かい手。
私は、もう迷わない。
その手を、しっかりと握り返した。
「はい、キリアン様」
二日後に開かれる、国王陛下主催の夜会。
そこで、全てが終わり、そして全てが始まる。
私の心は、不思議なほど穏やかだった。
この人がいれば、もう何も怖くない。
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