第11話「愚かな王子の謝罪」

 衛兵によって連行されていくエリアナの金切り声が、ホールから聞こえなくなる。

 後に残されたのは、重い沈黙と、呆然と立ち尽くすエドワード殿下だった。

 彼は、血の気の引いた顔で、ふらふらと私の前に歩み寄ってきた。

 そして、何の躊躇もなく、その場に膝をついた。


「リゼット……すまなかった……!」


 床に額をこすりつけるようにして、彼は謝罪の言葉を口にした。

 その声は、涙で濡れていた。


「私が、私が愚かだった……! あの女の嘘に気づけず、君を傷つけた……! どれほど謝っても、謝りきれない」


 周囲の貴族たちが、固唾をのんで見守っている。

 かつて、彼らが私を糾弾した、同じ場所で。

 立場は、完全に逆転した。


「お願いだ、リゼット。もう一度、私にチャンスをくれないか。君こそが、私の隣に立つべき女性だ。婚約を、もう一度……」


『復縁』

 その言葉を、私は冷めた心で聞いていた。

 もし、キリアン様に出会う前の私だったら、少しは心が揺れたかもしれない。

 ヴァインベルク公爵家のため、それが私の役目だと、諦めて受け入れていたかもしれない。

 でも、今は違う。


 私は、エドワード殿下の目の前に進み出た。

 彼が、期待の光を目に宿して顔を上げる。

 その顔を見下ろし、私は静かに、しかしはっきりと告げた。


「お断りいたします」


 彼の瞳から、光が消えた。


「なぜ……。私は、これほどまでに謝っている……! 私は王太子だ。君の未来を、保証できる」


「私の未来に、殿下は必要ありません」


 私はきっぱりと言い放った。


「殿下、あなたは真実を見ようとはなさいませんでした。私の言葉ではなく、エリアナの涙を選んだ。それは、紛れもない事実です。一度失われた信頼は、二度と元には戻りません」


 そして、私は隣に立つキリアン様の腕に、そっと自分の手を重ねた。


「今の私には、この方がいらっしゃいます。誰よりも先に私を信じ、絶望の淵から救い出してくださった、ただ一人の男性が」


 私の言葉に、キリアン様が、私の手を優しく握り返してくれる。

 その温もりが、私に勇気をくれた。


「ですから、殿下。もうあなたの手は取りません。どうぞ、あなた自身の過ちと、これから一生向き合っていってください」


 それは、復讐というにはあまりにも穏やかな、しかし、彼にとっては最も残酷な拒絶だっただろう。

 エドワード殿下は、言葉もなく、その場に崩れるように座り込んだ。

 プライドも、未来も、そして愛するはずだった女性も、全てを失った彼の姿は、ひどく惨めに見えた。

 でも、私はもう、彼に何の感情も抱かなかった。


 国王陛下が、重々しく口を開く。

「エドワードよ、お前は王太子としての資格を失った。沙汰があるまで、自室にて謹慎を命ずる」


 王太子の座を事実上剥奪された彼は、力なく衛兵に両脇を支えられ、退場していった。

 愚かな王子の物語は、こうして幕を閉じたのだ。

 私は、彼がいなくなった方角に一瞥もくれず、私を支えてくれるキリアン様の横顔を見上げた。

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