極夜編
太陽の昇らない、凍てつくような北欧の夜。
雪を踏む音、針葉樹が揺れる風の音がやけに大きく聞こえる。
俺は防寒着に身を包み、夜空を見上げる。
グローブ越しの指先からじわじわと体温が奪われ、耳の端と鼻先がひりつく。
吐き出す息は白く、吸い込む空気は肺の奥まで凍りそうだ。
砂漠の熱が肌を焼いた、あの感覚が懐かしい。
設定を確認しようとモニターを見ると、バッテリーの減りが早い。
痛みに近い冷気の中で、不意に零れ落ちる。
「ここに、あいつが……」
口から出そうになった言葉を強引に飲み込む。
…ハッ、馬鹿じゃねぇのか
そんなこと、あり得ねぇ
こんな極寒の地まで来て、まだ忘れられねぇのか。
もう何年…いつまで引きずってんだよ
ファインダーを覗き、ピントを合わせ、取り憑かれたようにシャッターを切り続ける。
現像したところで、あいつに見せる機会なんてないのに
まつ毛に積もった雪が体温で溶け、視界を滲ませる。
「……ちっ、邪魔だな」
手の甲で手荒く顔を拭い、再びファインダーを覗き込む。
その瞬間、空が揺れた。
ゆらゆらと光の帯が走り、夜空を緑に染め上げる。オーロラだ。
巨大な光の帯が空を埋め尽くしていく。
これを見ても、真っ先に浮かぶのは「あいつ」の姿。
砂漠の熱砂に焼かれても、極北の雪に凍えても、結局はそこに行き着く。
……あーあ、こりゃ無理だ。
俺の負け。
こんな凄いもん見ても「あいつに見せてやりてぇ」って思っちまうんだからな。
認めちまえば不思議と胸のつっかえが取れ、わずかに口角が吊り上がる。
あいつを脳から追い出すなんて出来っこない。
どこへ行っても、何を見ても、俺の網膜に残像が焼き付いている。
だったら、わざわざ剥がす必要もねぇか。
「一生、俺の網膜に住んでいればいい」
そう考えると、悪くねぇな
緩む口角を抑えられないまま、再びシャッターを切る。
冷えていくはずの指先が、わずかに熱をもった気がした。
俺の網膜に住んでいればいい 山吹 @yamabuki_
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