第12話「七福の祈り」
儀式を翌日に控えた夜、俺は一人、静まり返った厨房に立っていた。
昼間の喧騒が嘘のように、屋敷はしんと静まり返っている。その静寂が、かえって俺の集中力を高めてくれた。
目の前には、選び抜かれた七つの具材が並んでいる。
一つ目は、暁が用意してくれた、龍神の力が宿るとされる特別な米「龍の涙」。
二つ目は、近海で獲れたばかりの、力強い生命力に満ちたアナゴ。
三つ目は、山の霊気を吸って育った、香り高いシイタケ。
四つ目は、太陽の光をたっぷり浴びて黄金色に輝く、厚焼き卵。
そして、なじみの客たちが届けてくれた、土の匂いがする素朴なかんぴょうと、シャキシャキとした歯ごたえのきゅうり。
最後に、皆の想いを一つに束ねる、艶やかな黒い海苔。
『これは、俺一人の福巻きじゃない』
俺は、一つ一つの食材に触れながら、これまでの道のりを思い出していた。
孤独だった日々。暁との出会い。番になった喜び。暴かれた秘密と、絶望の淵。そして、皆が灯してくれた、温かい希望の光。
その全てが、この福巻きには詰まっている。
俺はゆっくりと息を吸い込み、調理を始めた。
米を研ぐ。その一粒一粒に、龍神への感謝を込めて。
アナゴを煮る。そのふっくらとした身に、暁への愛を込めて。
シイタケを炊く。その滋味深い味わいに、俺を支えてくれた人々への祈りを込めて。
卵を焼く。その鮮やかな黄色に、未来への希望を込めて。
全ての工程に、俺の魂を注ぎ込む。
もはや、恐怖も迷いもなかった。ただ、純粋な祈りだけが、そこにはあった。
全ての具材の準備が整い、いよいよ最後の工程、巻きに入る。
炊き立ての酢飯を海苔の上に広げ、七つの具材を丁寧に並べていく。
そして、一気に、巻く。
ずしり、とした重みが、手に伝わる。
それは、たくさんの人々の想いの重さだった。
夜が白み始める頃、ついに最高の「福巻き」が完成した。
それは、見た目は決して派手ではない。けれど、一口食べれば、作り手の温かい心がじんわりと伝わってくるような、そんな優しさに満ちた福巻きだった。
「……できた」
俺は完成した福巻きを前に、深く息を吐いた。
やりきった。俺の、全てを出し切った。
ふと、背後に人の気配を感じて振り返ると、いつからそこにいたのか、暁が静かに立っていた。
「……素晴らしいな」
暁は福巻きに視線を落とし、感嘆したように呟いた。
「この福巻きからは、光が見えるようだ。温かくて、優しい光が」
その言葉に、これまでの苦労が全て報われた気がした。
暁は俺のそばに来ると、その大きな手で、俺の頭を優しく撫でてくれた。
「よく、頑張ったな」
「暁さんが、いてくれたからです」
俺たちはどちらからともなく、そっと体を寄せ合った。
もうすぐ、夜が明ける。
俺たちの運命を懸けた、儀式の朝がやってくる。
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