第13話「龍神の奇跡」

 儀式は、都を見下ろす高台にある龍神の社で執り行われた。

 俺が暁と共に社に到着すると、そこにはすでに大勢の民衆が集まっていた。彼らの視線は、好奇と疑念、そしてあからさまな敵意に満ちていて、肌を刺すように痛い。


 俺はその視線に耐えるように俯いたが、隣に立つ暁が、俺の手を力強く握ってくれた。その温もりに、俺は顔を上げる勇気をもらう。


 社の奥、祭壇の前には、暁の父である現当主と、一族の者たちが並んでいた。その中に、蛇のような冷たい笑みを浮かべる玄の姿もあった。


 厳かな雅楽が鳴り響く中、儀式が始まった。

 現当主による祝詞が読み上げられ、場の空気は次第に神聖なものへと変わっていく。そして、ついに俺の出番が来た。


 俺は暁に手を引かれ、祭壇の前へと進み出る。桐の箱に納めた福巻きを、慎重に祭壇へと捧げた。その瞬間、民衆の中から「穢れたΩが!」という野次が飛んだ。それを皮切りに、あちこちから非難の声が上がり始める。


 空気が騒然となる中、俺は目を閉じ、ただひたすらに祈った。


『龍神様。どうか、この国と、ここにいる全ての人々に、あなたの御加護がありますように』


 それは、俺を罵る人々さえも含めた、心からの祈りだった。

 俺が深く頭を下げた、その時だった。


 突如として、祭壇に捧げられた福巻きから、まばゆい金色の光が放たれたのだ。


「な……!?」


 誰もが息をのむ。

 光は一本の柱となって天を突き、次の瞬間、空から無数の光の粒が、雪のようにきらきらと降り注ぎ始めた。


 その光は、不思議な力を持っていた。

 光の粒に触れた人々の顔から、険が取れ、穏やかな表情へと変わっていく。長年、膝の痛みに苦しんでいた老人は、痛みが消えたと驚きの声を上げた。子宝に恵まれなかった夫婦は、新たな命の兆しを感じて涙ぐんだ。


 それはまさしく、龍神がもたらした奇跡の光だった。

 人々は目の前の光景を、呆然と見つめている。


「そん、な馬鹿な……!Ωの作ったものが、奇跡を起こすなど……!」


 唯一、玄だけが信じられないといった様子で叫んだ。その顔は嫉妬と憎悪に歪んでいた。


 その時、天から厳かで、それでいて慈愛に満ちた声が響き渡った。それは、この世の者ならざる、龍神の声だった。


『彼の者の祈り、確かに受け取った。その心に宿るは、分け隔てなき真の愛。それこそが、この国を照らす光となるだろう』


 龍神の声は、集まった全ての者の心に直接響き渡った。

 人々は、自分たちが犯した過ちに気づき、はっとしたように顔を上げる。そして、祭壇の前に立つ俺の姿を、畏敬の念のこもった目で見つめた。


 やがて、誰からともなく拍手が起こった。それは一人、また一人と伝播し、あっという間に嵐のような喝采となって社を包み込んだ。


「福の作り手様、万歳!」

「龍神様のご加護だ!」


 人々の顔には、もう侮蔑の色はなかった。そこにあるのは、純粋な感謝と賞賛だけだった。

 玄は、その光景に顔面を蒼白にさせ、その場に崩れ落ちた。彼の悪意に満ちた野望が、完全に打ち砕かれた瞬間だった。


 俺は、鳴りやまない拍手の中で、隣に立つ暁を見た。

 彼は、俺が今まで見た中で一番優しい顔で、微笑んでいた。


「言っただろう、伊吹。お前ならできると、信じていた」


 俺の目から、熱い涙がこぼれ落ちた。それはもう、悲しみや悔しさの涙ではない。

 たくさんの困難を乗り越えた先にある、温かくて、幸せな涙だった。

 降り注ぐ光の中で、俺は暁と固く手を握り合った。

 俺たちの新しい未来が、今、この場所から始まろうとしていた。

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