第2話
ー瀬戸ー
次の日、ジェームスは瀬戸を兵器売買組織が隠れ蓑にしている、縫製工場近くまで日産GTRで送って行った。
「近くで待機しておく。Sが出てきたら、直ぐに後を追う」
あたくしは縫製工場の従業員と同じ服で忍び込み、頭の中に入れておいた地図を頼りに奥へと侵入して行った。
「X線航空写真だと、地下への入り口はこのあたり」
誰もいないのを確認し、非常口と書かれた不自然なドアの鍵をピッキング始めた。
カチリという音がして、ドアノブを回すと、階段が下へとつながっている。降りて行くと、無防備な部屋がそこにあった。
「この部屋なら古典的な隠し場所は、この絵画の裏あたりっと」
絵画を移動すると、小さなドアが見つかった。ドアの鍵をピッキングすると、壁に埋め込まれた金庫が見つかった。
「あとは簡単!」
小型のオートダイヤラーを金庫のダイヤルにセットすると、自動でダイヤルが動き出した。
カチッっという音とともに金庫のドアが開いた。中は金属製の箱で厳重に保管されていた物を見つけた。
「これね」
降りてきた階段を、音も立てずに駆け上る。
地上に出て静かにドアを閉めた。
男が突然どこからともなく現れた。
「来ると思ってたよ」
あたくしは二階へ向かって走りだすと、階段の頂上に窓ガラスが見えた。
そこへ体当たりした。割れたガラスとともに外へ飛び降りた。
そこに日産GTRが迎えに来た。あたくしは助手席に滑り込むように乗り込む。
座った途端、助手席のドアロックがかかり、シートの両サイドから鋼鉄の輪が飛び出して動けなくなった。
運転席を見るとジェームスではなかった。
運転手があたくしの方を向き、ニカリと笑顔を見せた。
「お前たち二人を監視してたのさ。GTRで迎えに行けば、自分から車に乗り込んで来ると思ったぜ」
後部座席から拳銃が後頭部に突きつけられた。その男が低い声で命令する。
「動くなよ」
「わかっています。抵抗はいたしません。あの、これから縛られるのですね?」
作戦どおり捕まったわ。本拠地に連れて行かれ、指輪の魔神さんに助けてとお願いすると、プレイを強要され、あんなことやXXXXをさせられるのね。
恍惚の表情で呟く。
「あ〜恥ずかし~」
耐久訓練前の私なら...でも、一度味わった快感からは、逃れられないわ。
運転席の男が、あたくしの反応を見ていた。
「お前、喜んでないか?」
見透かされたと思い、頬をポッと赤らめてしまったの。
恥ずかしさの中でも仕事は忘れませんわ。バックミラーで後ろのGRヤリスを確認してから、改めてXXXXを想像しましたの。
あ~ん!
GTRを追跡しているジェームスは、通信機に向って報告した。
「予定通りSは捕まった。現在追跡中だ。奴らのアジトについたら連絡する。直ぐに応援をよこしてくれ」
敵の運転するGTRが高層ビルの地下へと入って行く。
駐車場の一角に後ろから車を停車すると、コンクリートの壁がドアのように両側に開き、そのままバックで奥まで進んだ。
GTRを中で止めると、運転手は車内のスイッチを押した。中はエレベーターになっていて、車は上昇を始めた。
後ろのドアが開き、バックでGTRは外に出た。コンクリートがうちっぱなしの部屋。
後部座席の男があたくしを脅す。
「ゆっくりと降りろ。いいな」
助手席の男も銃であたくしを狙っている。
窓からビル街を見下ろせるほどの高層ビルね。
男たちは一人ずつ車から降りた。後部座席に座っていた目つきの悪い男が笑いながら言う。
「お前の持っている細菌は偽物だ。お前たちの組織が、我々に手を出させないために人質になってもらう」
知ってるわよ。
あたくしは恥ずかしそうにもっと大事なことを問いかけた。
「今から私を縛るのですか?」
「そうだが、頬が赤いぞ。何を期待して、もじもじしている」
「そんなわけないですわ。でも、せっかくだし、早く縛りましょうよ。きつめにお願いね」
縛られながらつい言葉に出してしまった。
「もっとキツくよ!」
あたくしの反応に、男は困惑した。
「ん!」
その時、ヘリの音に気がつき窓を向いた。
ヘリの下に片足をロープに掛けたジェームスが見える。
床まで続く窓ガラスを銃で撃ち壊し、ロープを振り子のように振って、近づいたときジャンプして部屋に転がり込んだ。
男は後ろからあたくしを押し、エレベーターへ走り出した。
ジェームスに縛っている縄をナイフで切ってもらうと、彼らを捕まえようと二人で追った。
だが、後部座席に座っていた男が振り返ったと思うと、至近距離であたくしの胸を撃った。
薄い防弾チョッキを内側に装着していたのですが、銃弾の衝撃が快感となって、脳まで駆け抜けた。頬を上気させ、男に向かって叫びながら懇願してしまった。
「もっとよ! もっと撃ってください!」
男は驚きの表情を見せ、三歩下がりながら恐れるように言い放った。
「お前! ヘ、変態だな。ち、近寄るな!」
男は恐怖から頭を狙って撃った。あたくしは撃鉄が落ちるよりも早く接近し拳銃を奪った。
「頭じゃなくて、防弾チョッキを撃ってといったのですよ」
あたくしは男の首を打ち昏倒させ、もう一人をジェームスが捕まえた。
二人の男を見て、羨ましそうに口走ってしまったの。
「あなた達は、これから縛られて、本物がどこにあるのかを取り調べられます。とってもきつくギシギシと縛られるのですよ。きゃー!羨ま...」
ジェームスが不思議そうに聞く。
「羨ましい...のか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
耐久訓練で目覚めた快感が憎いわ。
突然、隣のエレベーターが動き出した。
「こいつらの仲間が大勢登ってくる。屋上に逃げよう」
GTRを乗せてきたエレベーターに二人は乗り込んだ。屋上へ到着すると、すぐに指示を出す。
「瀬戸、指輪の魔神を出すんだ」
指輪に向かってあたくしは願った。
「魔神さん出て来て、急いでるの」
胡座をかいて出てきた魔神が、鼻をほじりながら、バカにしたように現れた。
「女子のエージェントかいな。まあええ、助けてほしいんやったら、供物を捧げんかいな。ワシへの供物は、恥ずかしくておもろい話や。恥ずかしいだけの話はいらんからな。おもろいことが大切やぞ」
「聞いております」
「ええか、めっちゃおもろい話やったら、レベル5や。どんな願いでも叶えたる」
あたくしは顔を赤らめ、もじもじしてしまった。
「お聞きしますが、あなたは私を辱めるために出てきたのですよね?」
魔神は怒鳴った。
「ちがーう!恥ずかしくて笑える話を供物として捧げるんやったら、レベルによって願いを叶えたるって言ってんねん!」
「あなたが、そういうプレイが好きだとは聞いております」
「プレイやない!供物や!ええか、よう聞けや」
魔神は立ち上がり、両手を広げ、大げさな仕草で、
「あんたみたいなかわいい子でも、綺麗で背が高くてスラッとしたモデルでも、みんな恥ずかしくておもろい話を持ってるんや。それは男女平等や。さあ、恥ずかしくて、おもろい話を捧げんかい!」
両手を合わせ、空を見上げるようにして懺悔した。
「あたくし、今から恥ずかしいことをさせられるのです」
「変な想像するんじゃない!」
「ではプレイを始めます。あ...あたくしは、まだ未経験です!」
顔を両手で覆って、叫んだ。
真顔の魔神は言い放った。
「レベル0」
煙になって、指輪に戻ろうとしたその時、ジェームスが俳優のような渋い声で魔神を止める。
「まて、俺が言う」
ジェームスは、キリリとした顔で、あたくしの方を向いた。
「指輪を貸してくれ」
中指から指輪を抜き、ジェームスは、それを親指と人差し指で掴んだ。
魔神は煙から実体に戻り、腕を組んだ。
「ええやろ、めっちゃ恥ずかしくておもろい話やぞ」
「お、俺は...」
何かを振り切るように、ジェームスは目をつむった。
「中学生のころ、好きな娘の体操服を匂ったことがある!」
瀬戸の方を見ると、無表情でじっと俺を見ている。
視線が刺さり痛い。だがこのままでは、ふたりとも殺される。
「レベル3だな。なにをしてほしい」
「待て魔神よ。その時、その子の友達に見つかったんだ。そして、『虫が止まってたから、追い払ったんだ』って嘘をついた。信用してもらえず、クンクンってあだ名をつけられ、女子全員に気持ち悪がられた!」
俺は情けなさで、涙が出そうになっていた。
業界じゃ腕利きスパイの俺が、なぜ中学生の時の告白をしなきゃならんのだ。
瀬戸の視線がレーザービームのように体を突き抜けていく。痛い。痛すぎる。
少し考えた魔神は、ノートに、また何かを書いた。
「お前の心意気に免じて、特別にレベル5をやろう。これからは、クンクンと呼ぶぞ。いいか?クンクン。クンクン。クンクンクン」
「嫌に決まってるだろ!誰にも言うなよ!」
覚えてろよ、魔神!いつか殴ってやるからな!
Jは悔しさを胸に秘め、クールに決めた。
「瀬戸と俺を隣のビルに飛ばしてくれ」
「いいだろう」
Jは諭するようにこうアドバイスをしてくれました。
「よく聞けよ瀬戸。先輩として言っておく。魔神はこういう供物が好きなんだ。そうでないと助けてくれない」
「わかりました。供物とは、変態的な恥ずかし話ということですよね。Jさんは変態で、魔神さんは変態プレイが好きということを覚えておきます」
Jは口には出さなかったが顔の表情は語っていた。
いや、お前も十分変態でしょ。
「瀬戸、指輪を返すよ」
あたくしたち二人、足元から魔神とともに煙に変わっていく。Jは指輪を返そうと腕を伸ばした。その時、突如銃声が鳴り響く。
煙になりかけていたが、ジェームスの掴んでいた指輪が弾け飛んだのが見えたの。
「しまった!」
魔神さんの声もした。
「クンクン!指輪が敵の手に落ちたぞ」
隣のビルへ移った三人は顔を見合わせた。
「やばいことになった。何度も指輪を狙ってきた秘密組織VE(vegetable eat)の仕業だろう。早く取り返さないと」
ーそしてー
VEのアジトにある、巨大なプレス機に指輪が載っている。押し潰そうとしているのだ。
機械のスイッチが入った。徐々にプレスが降りてくる。指輪にあたり機械がうなり音を立てる。
「おい、この指輪、潰れないぞ。なんて硬い金属だ」
男たちが困惑していると、部屋の隅で見ていたロリっ子が、持っている一本のセロリをシャリっとかじった。
「潰れないなら、コンクリートで固めて海に沈めなよ」
また、シャキッとセロリを噛む。
男たちは顔を見合わせ、頷いた。
「仕方ない。コンクリート詰めにするしかないな」
ー 数日後 ー
一人の男がクルーザーの上から、コンクリートの塊を海へと投げいれた。
ゴボゴボと音を立てながら、 魔神の家であったオリハルコンの指輪が、 泡を残して、 深い海の底へと沈んでいく。
男は泡を見つめながら、
「JもSも魔神を呼べなくなった。これで奴らを簡単に殺れる」
ーーーーーーーーーーー
この事件で家をなくした魔神のワシに、Jの言葉が刺さった。
「人間界でやりたいことはないのかい?何かは知らないが、意外とやってみれば、手に届くこともあるよ」
この言葉に押されて、オーディションを受けた。そして、今、人間の姿のワシは、舞台の袖で出番を待っている。心臓の鼓動しか聞こえない。
短髪で大きな顔に眼鏡を掛け、芸名は本来の姿の魔神をもじって、マーティンと自分で名付けた。
出囃子が鳴った。初めてスポットライトに照らされた舞台に歩いて行く。
お客さんの視線が舞台に集まってくる。袖では心臓の音がうるさかったのに、緊張でそれは聞こえなくなった。
お客の顔を見て、漫談を始める。
「マーティンといいます。名前だけでも覚えて帰ってください。しかし今日は綺麗な人ばっかりやね。べっぴんさん、べっぴんさん、べっぴんさん、一人も飛ばさずべっぴんさん」
一瞬間を置いた。
「皆さん喜ばせたかっただけやねんけどね」
無表情なお客たちの顔が見える。客席の反応がない。
ん!
やばい!何も浮かばへん!ネタが飛んだ!
客席にいるジェームスと目が合った。
すまん!使わせてもらう。
「ところで、知り合いの中学生の頃の話やけど、便座が上がってるのに気づかず、そのまま座ってしもて、便器にはまったやつがいますねん。アホやから出らんようになってしもて、泣いてしもたらしいんですわ」
小話を聞いたジェームスは、顔を真っ赤にして睨んでいるようだ。隣に座っている女性、瀬戸がそれに気づいた。
「ジェームスさん、もしかしてこの話って…」
「ああ、俺の供物さ。やってくれたぜ。俺は決めた。出番が終わったら魔神を殴る!」
瀬戸はニッコリ笑った。
「この程度の供物なら、変態って気づかれないですから。安心してください」
ジェームスは小さな声で怒りを押し殺し反論した。
「大体、俺は変態じゃない!」
舞台上の魔神ことマーティンは、足が震え出した。
あかんやん、集めた供物が全くうけへん!あかん!あかん!次は何を言うたらいいねん!
焦っているところへ、ヤジが飛んできた。
「中学生の昼休みか!」
そのヤジで客席に爆笑が起こった。
こんなときはどうしたらいいねん。飛んだネタも思い出せん。頭ん中がぐしゃぐしゃで、もうわからん。
「お、面白いねお客さん」
「アホ!お前がおもろないんじゃ!」
客席はまた爆笑。魔神からやっと出た言葉が。
「も、も、もうええわ。ほなさいなら」
15分の舞台やったのに、頭が真っ白になって、たったの数分で舞台を慌てて降りてしもた。
下を向き楽屋に向って歩きだす。独り言が止まらない。
「70年前やったな。漫才を指輪の中のテレビで見たんわ。あのテンポとおもろさに驚愕したな。漫才師に憧れて関西弁を練習したんやけど、永遠の命を持つワシが、相方を持てるわけないやん。芸人になること諦めてたわ」
通りすがりの女性のスタッフが声を掛けた。
「おはようございます」
自分の世界に逃げこんだワシには、言葉なんか全く聞こえへんかった。
「家がなくなってしもて、ピン芸人に挑戦したけど、滑るのがこんなに辛いって知らんかったわ。何も考えられへん。もう、どうしたらええかわからん」
楽屋のドアに手を掛けたとき、肩を叩かれた。そっちを向くと、最近テレビに出てる、谷ちゃんさんやった。
「よう、今日時間あるか。飲みに行こうや」
ワシはすがるように返事した。
「は、はい!」
その様子を、少し離れた所から聞いていたジェームスと瀬戸。口元が緩み、安堵の表情で、マーティンに会わず劇場を後にした。
魔神は関西人なのか? @ZZtoshi
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