3話 爆発現場と少女

臨青が退避のために、空まで駆け上がる。焦げ付いた匂いが私の鼻孔を満たす。魔素を目に集め、煙の中を見てみると私の仕事が完璧だった事実が目の前に広まる。


私と目が合った彼女だったものが目に映る。焼け焦げた匂いと、体を覆う煙。だが、そんなことも気にならない程、残酷な光景が目の前にある。


「ごめんなさい。ごめんなさい。わたしが・・・」


私は臨青の背中に顔をうずめ、涙を流していた。

最後に見たあの女の子は無邪気に笑っていた。戦場に不釣り合いな笑顔が、人殺しの実感を与える。


「お父さんに民間人は巻き込むなって言われてたのに・・・」


私の嘆きは現実を巻き戻してはくれない。私は緊張と不安による確認不足で軍人しかいないと決めつけてしまった。

だが、看護師はこの戦争で誕生した私たち軍人を分け隔てなく助けてくれる文民。従軍していても配慮をしないといけない存在。


「民間人がいたら、宣戦布告をして、最低限配慮しないといけなくて」


別に完全に私が悪いわけではない。国際法ではグレーゾーン。誰も私を責めないはずだ。


でも、問題はそこではない。彼女は場所が違えば友人になってたかもしれない女の子。私はその笑顔を永久に奪った。その事実に心が潰れそうだった。


「でも、私は帝国のために行動した。あの笑顔の陰で何人もの帝国の人たちが苦しんでいるんだ。何も知らずに笑っていたあの女が悪い。それに、魔導士と仲良くしていたじゃない。それなら私は悪くない。それにこれは任務なの。私はただ従っただけだから・・」


自分を慰める言葉を呟く。保身のための言霊が空を覆いつくしそうなほど、溢れ出したとき突然体が浮遊感に包まれ、地面がなくなった感覚に襲われる。

何が起こったのか理解できない。とっさに下を見てみると私を支える美しい鱗がない。


「なんで・・・わたし・・おちて・・・」


臨青がいなくなり、空に落ちる緊急事態だ。たが、何も出来ない。


「罰があったんだ」と働かない頭で考えているとき、急に地面が戻る。目の前には、見慣れた美しい青色の鱗。


「なにをしているの!私を落とすなんてひどいじゃない」と無言で私を乗せ直した臨青を叱りつける。


「こんなこと訓練でやってないじゃない。それとも戦争に連れてきた私を嫌いになったの?」


私を落とした犯人に問い詰める。だが、相手も悪びれもせず応える。


『ティフォン悪いこと考えてた。責任自分のもの。命から逃げたら、空っぽになっちゃう』


臨青が初めて私を叱ってきた瞬間だった。

それは、私が自分のために言い訳をして、奪った命に背を向けたから。責任から逃れて、卑怯者になろうとしたから。


『泣いていい。臨青の背中広い。嬉しいこと、悲しいこと半分。二人のもの』


「・・・ありがと」


私は存分に泣いた。臨青は優しい歌を歌いながら慰めてくれた。


あそこで責任を放棄したら、私は人じゃなくなっていた。戦争は人を狂わせる。あの子を殺したのは私だ。十字架を背負いながら、私は生きていかないといけない。背負った十字架の重さだけが私を人間だと自覚させてくれるから。


「私怪物になるところだった。たくさん見てきたはずなのに。戦争の色に染まって醜くなっていく人たちなんて」優しく遠回りをして訓練場に帰ってくれている臨青に心の底をさらす。


「あの人たちも苦しかったんだ。だけど私は逃げちゃいけない。一緒に背負ってくれてありがとう。私一人じゃ潰れちゃってた」


臨青は竜だからか、人よりも高い次元から物事を見る。でも、私の隣まで下りてきてくれる彼女の広い背中が愛おしくてたまらない。


「臨青はたくさんのものをくれるね。私なにか返せてる?」


隣にいてくれるからこそ、私は臨青と対等でいたい。


『返せてる』ときっぱりと言ってくれる。


『それに、ご飯くれるし。お礼は牛まるまるでいい』


「なにそれ。臨青って案外軽い女なのね。仕方ないから、最上級の牛を御馳走してあげるよ」


私を笑わせてくれる、臨青はどこまでも優しい。


気持ちがある程度戻ってきた具合の頃に、日が沈んでいく様子が見える。幻想的な茜色に照らされて、私の初任務は、戦争の罪と共に、書類上は完璧に達成されたことになるのだろう。


「これで初任務は終わり。色々ありがとう」


『ティフォンは今日ゆっくり眠る。私が子守歌うたう』


そんな風に雑談できる余裕が戻ってきた私。臨青とたわいもない話をしていると、巨大な竜がこちらに向かってくる。


既に私たちは帝国の領域深くに戻っているが、敵の可能性もある。

そのため警戒は怠らず、近接用の剣を左手に持ち、体の周りには遠距離用で飛ばすようの弾を浮かべる。目に魔素を込め相手を注視する。


「お父さん!何でここにいるの?」


見覚えのある竜の上には父が乗っていた。


「訓練ってわけでもないよね、その装備じゃあ。」


「あー、なんだ、ただ散歩をしていたんだ。こいつがどうしてもってせがむからな。

だからたまたまだ」


頭を掻きながら、演技がかった声で答える。


私は知っている。

こういう時の父は、照れくさい隠し事があるのだと。母への誕生日のサプライズに慣れない料理をしたときもこんな態度だった。


「もしかして、私のこと心配だった?それで迎えに来たの?」


「なーにいってるんだ。俺がそんな女々しいことをするわけがないだろう」


調子を取り戻した声で反論する父。その様子が私の問いへの明確な答えだった。愛されているという実感が、私の心の奥底を温めてくれる。


「でも、無事そうだな。その様子だと任務も成功したんだろう?流石俺の娘だ」と私に声を掛けてくれる。


父は竜兵の隊長で軍の中将。私が感じた葛藤なども見透かしたうえで、私に声を掛けてくれているのだろう。


ぶっきらぼうな性格の癖に、どこか繊細な父の対応が今はとても助かる。


「そうだよ。もう完璧だから。あとは報告書を書いて、初任務は終わり。これで、私も一人前かな」


「そうだな。お前もこれで、正式に俺の部隊の一員だ。まずは家に帰るぞ。だが、その前にこれを渡しておく」


空の上で私に向かい、何かを投げてくる。しっかりとした包装紙に包まれた、中からは上質なナイロン繊維出来た軍服があった。


「軍学校も卒業して、任務もこなした。お前は俺の部隊の一員であると同時に、帝国の軍人になったんだ」


父が渡してきた軍服はさっぱりとした白色。私が来ている緑色の軍服よりも格式ばったものだった。


「それは、士官服だ。俺の子供で、学校の主席のお前は、曹長を飛び級して、少尉だ。これからは国の守護者として、俺の隊員として責任と誇りをもって生きろ」


父の言葉に手元が重くなる。この服は、帝国の守護者の証だ。不安と緊張感が私を高揚させる。


「それから、母さんからの言伝だ。今日は、お前の初任務達成と、軍配属祝いのパーティらしい。大人として私たちにワインを買ってこいとのことだ」と私にお金の入った小袋を投げ渡してくる父。


空であまりものを投げてこないでほしい。


「臨青へのご褒美とでも、一緒に買ってこい」


小袋の中には本当に牛を丸々一匹買えそうなほどの金貨が入っている。苦笑しつつ、父とは空で別れ、目的の物を買いに行く。


「ほんとうに牛買えるよ」


『お父さん大好き。さすが。頑張ったかいがある』と臨青が大喜びだ。


私はさっそく家の近くの繁華街に行き、老舗のワインセラーに肉に合うワインを聞いて、おすすめのものを買う。


ワインの良し悪しも酒の味もあまり分からないからおすすめのものを買うしかない。

そして、その足で町一番の肉屋さんに行く。


「つるされてる牛ください」


「え?」と臨青を空に飛ばせ、降りてくる私に困惑する店主。


いかに、私の父が治める町といえど、竜がそのまま町の上空にいるのは珍しくて、若干怯えている。


「これで、足りる?」と金貨を数枚手渡す。


「も、もちろん。是非、旦那様によろしく言っといてくだせい」


臨青に引きながらも、商魂たくましく新規開拓をしてくる店主。

「言っとくね」と適当にあしらいながら、牛を臨青の背中に乗せて帰宅する。


家に帰った私は用意されていたステーキを食べながら、初めてのワインに酔っぱらう。

シャンデリアが優しく輝く大きすぎる食卓を囲みながら、軍人とは思えないほど暖かい時間を過ごす。


「臨青ただいま。牛食べた?今度は私を食べるー?」と臨青と私の家に帰る。


酔っぱらった状態で臨青に抱き着くと嫌な顔をされたが気にしない。

そのままいつも通り二人で同じ場所で眠る。家族との時間と臨青との時間が、戦争でも支配できない黄金の時間になるのだ。それでも、その日の私は無数に伸びる手に追いかけられる悪夢を見た。

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