2話 初陣と少女

私たちは出会ってから長い時を過ごした。ご飯を食べる時も、遊ぶときも、寝床だって一緒だった。


「臨青に抱き着いて眠ると暖かい」と家の近くに建てた臨青専用の家で毎日寝ていた。鱗のざらざらが心地よかった。


『ティフォン暑い』と寝言と共に寝返りを打たれ何度も死にかけたが、かえってそれが、魔素での常時防御を鍛える訓練になるなんて笑い話もある。


私たちは誰よりも心が繋がっていた。人竜一体を体現していたと思う。鞭をいれて指示なんてしたことがない。


そうして、私たちは軍の学校に通ったり、訓練をしたりして、10年が経った。



「目標は共和国の補給線を襲撃することだ。これを空から落とすだけでいい」


軍服に身を包み、青白い髪を後ろでくくった正装で任務の説明を聞いていた。私の初陣についての通達だ。


「きっと共和国の魔導士どもが防衛してくるだろうが、お前なら大丈夫だろう。でも、無理はするな。戦争と訓練は違う。きっと嫌でも体感するはず」


今日はいつもとは違い、父の書斎でお互いに軍服に身を包みながら話している。父は10年たっても老けることもなく、むしろ筋肉により若返っているのではないかと錯覚してしまう。


「上官の立場としては逃げるなと命令する。だが、父親としては、逃げてもいいと思っている。戦場を体感してこい」


私の事を軍人として娘として扱ってくれる父。他の厳しい軍人の家系からしたら、こんな優しいことを言ってくれる父がいて恵まれていると思う。


「今回は単独の任務だ。激戦となっている戦線に比べれば簡単な任務だが、補給線は共和国の国境に近い。判断はお前に任せるが、民間人は巻き込むなよ」


「分かっています。私と臨青で必ず達成します」


父に向けてではなく、上官に向けて、最敬礼で応える。その後簡単な通達事項を聞き、書斎を後にする。向かうは臨青のところ。このまま任務に向かうのだ。


訓練場に到着すると、私の元に飛んでくる臨青。甘えるように私に首を擦り付けてくる臨青を撫でる。


「ただいま。任務の内容聞いてきたよ。これから初任務。二人で頑張ろ」


『うん、臨青も頑張る』


そういう私が撫でている場所は逆鱗と呼ばれる所。臨青は案外ここが一番撫でられると気持ちがいいらしい。弱点でさえ無邪気に私に触れさせてくれる臨青。その、信頼感が私を満たしてくれる。


「大丈夫だよ。私と臨青ならどんなことでもできるから。むしろやりすぎないか心配なぐらいだよ。相手は共和国だからね。どんな奴が来ても躊躇しない」


私は、緊張を隠すように自身を鼓舞していた。新兵を見ることの多い父の不安げで、憐憫な視線を思い出す。この先の私の未来を見ていたのだろう。


「じゃあ、行こうか」と最後の荷物を臨青の背中につけた巨大なバッグに乗せる。

空中に魔素を使い足場を作り、臨青の背中に乗る。準備を整え、戦地に向かう。


「臨青このまま西に真っすぐ行って。今回は国境付近を通るらしい補給部隊を襲撃するの。極秘情報だから私たちだけみたい。暗号を解読したことがばれない様に偵察してたら見つけた!っていう、感じにしないといけないんだって」


『偵察?なんかやるの?』


「いや、別になんもしなくてもいいみたい。振りだからね。でも、近くに行ったらゆっくり行こう」


『分かった。臨青は偵察部隊、偵察部隊』と臨青は自分に言い聞かせるように呟いている。こういう素直な所がかわいくて仕方がない。


そんな緊張感のない話をしながら進んでいると、戦地に入る。その瞬間から空気がくすみ、空が灰に染まって見える。共和国の使う兵器のせいだろう。


遠くでは、フォックスと呼ばれる戦闘機が飛んでいる。魔素を動力にしながら動く最新の兵器らしい。


「見て、フォックスがいる」と私はより灰色の濃い方向に向かっていくフォックスを指さす。


「あいつがいるから、私たちが自由に飛べなくなったの。それにフォックスって名前も戦争を始めた共和国の指導者の名前からとってるらしいし」


『でも、かっこいい』とフォックスの実物を初めて見る臨青は呟く。


「えーそうかな。あんな動かない羽ださいじゃん。やっぱり竜みたいにバサバサと羽は動かないと」


フォックスは動かない羽で空を飛んでいる。魔素が薄い共和国が生み出した航空魔道力学とかいう魔素と科学の融合技術。それをメインに兵器を作っている共和国らしいデザインだ。


「やっぱり、相棒と魔法に刀を使って戦うのが空での戦い方だよ」と私も憧れた父と聖華が訓練している様子を思い浮かべる。


父が聖華から飛び降り、訓練の相手に切りかかり、父をまた聖華がキャッチする。あの一心同体の動きこそが美しいのだ。


「帝国軍人は魔法を想像して、思い通りに戦うの。あんな、魔導具なんていう、誰でも使えて、みんな同じようになるような兵器じゃつまらない」


『ティフォンが言うなら、それもいい』と柔軟に思考を変えてくれる臨青。


「それでよし」と私が背中を撫でたら嬉しそうに加速してくれる。

私は大嫌いだが、あの機械のせいで空は私たち竜兵のものではなくなり、帝国の絶対的地位が陥落したのだ。


「ばれないように行こうね。この距離じゃあ、魔法をあんまり鍛えていない共和国にやつじゃあ、私たちを見つけられないだろうけどね」


私は認識疎外の防御膜を展開しているうえ、魔素を使い強化した視野でフォックスを見ているのだ。


『じゃあもっと上いこ』


臨青の提案に頷き、高度を上げる。灰色の雲海を突き抜ければ明るく気持ちの良い空が見える。


「ここ、臨青も好きでしょ?まだここは私たちだけの場所だからね。せっかくだから堪能しよう」


穏やかに飛ぶ臨青を撫でながら呟く。心地よさそうにグルルと唸る。私たちが単独の任務を行えるのは、人類の誰も行ったことのない、この空に来れるからだ。


「フォックスは雲の上に行ったら場所が分からなくなるから滅多に来ないからね。やっぱり空は私たちのものだね」


フォックスも滅多に来ない私たちだけの空。


「臨青もうすぐ着くよ」と雲を透過し、地上の様子が私の瞳に移る。他の人よりも私の目の魔法は優れているらしい。だからこそ、初陣が相手から見つからない所からの襲撃になったのだけど。


「私が指示を出したらあれを落とすから。それで私たちの初陣は終わり。簡単なお仕事だよ」


少し手が汗ばんでくる。緊張していることは臨青にはバレているだろう。

なんて言っても、私たちは心が繋がっているから。言葉なんてなくても呼吸一つで何をしたいか分かり合える。

『大丈夫?ディフォン不安?臨青一人でやれる』と私を励ましてくれる。


安心できる、臨青の声。きっと臨青の声が優しいお姉さんのようだからだ。普段もなぜか私を妹のように扱ってくるが、きっと人間の姿なら青い髪で絶世の美人に違いない。


臨青は竜の姿でもこの世の何よりも美しいから。


『何考えてるの。集中しなきゃ』


私の想像が伝わったのか少し照れている声が響く。その声が、私の緊張をほぐしてくれる。私はより一層魔素を目に集め、雲を透過した視界の中で敵の一団を見つける。


「下にいる。呑気に笑いながら運んでるよ」と何十台もの馬車や大きな荷台のついたトラックで運んでいる様子が見える。


魔導具でも、ああいうトラックとかは便利そうだなと思う。魔素をエネルギーにしてすごい距離を走るらしい。帝国じゃあ作れないらしいけど。


「今から私が爆弾を落とすなんて予想もしてないだろうね」これからのことを考えないように無理に笑いながら、臨青に話しかける。


『そうだね。でも、戦いだから』


私は出来るだけ考えないようにしながら、事務的に作業を行う。


まずは、手元にある爆弾に魔素を加える。魔素を加えることで手のひらサイズの爆弾でも、視界一杯を火の海にできる。


「空から落とすだけでも大丈夫だけど、魔導士に落とされないように少し降りよう」


私は臨青の逆立つ鱗につかまり急降下に耐える。一部の者が空から現れた私に気付く。


「大丈夫。すぐ終わるから」私は誰に向けて行っているのか分からない言葉を呟きながら爆弾を落とす。思考がぐちゃぐちゃだ。


そして、事態は一瞬で終わる。手元から爆弾を落とした後の爆発までの一瞬。


きっと看護のためについてきたのであろう私と同じくらいの女性と目が合う。隣にいる魔導士の友達と楽しそうに話す瞳はこれからのことなんて理解できていない。


「あ・・・、まって。だめ」


呟く言葉を置き去りに、爆弾は致命的に大きな爆炎をまとい、衝撃波をまき散らす。


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