第2話.「『付き合って』」

 やっぱり"おつかい"なんてなく人目を避けた道を通って家に帰った俺達は2人だけの時間を過ごす。とは言っても俺達は高校生だ。互いに一線は超えないという約束の元で俺達は恋人でいる。


「秀二、こっち来て」


 ソファに座る雫は手招きして俺を呼ぶと隣に座らせる。そして俺の手を取ると指を絡めて再び恋人繋ぎをしてくる。


「こう言うの嫌じゃない?」

「嫌ならしてないよ」

「じゃあ好きなんだ」


 雫はどうしても俺に『好き』と言わせたいらしい。だけど俺はそれを言う訳にはいかない。


「秀二は優しいね」

「俺が?どうして?」

「私と付き合ってくれてるから」


 自分で彼女にして欲しいと頼んできたのに不思議な事を言ってくる。


「私は幸せ。出来るならずっとこのままでいたい」


 雫は俺の肩に頭を乗せて絡めた指に力を入れてくる。それにどう反応すればいいか悩むが結局は雫と同じように指に力を入れる。


「んっ……」


 それに気付いたらしく雫は甘い吐息を溢す。

 ちゃんと付き合い始めても5日経てば、恋人繋ぎに慣れるものかと思ったがそんな事はない。


「秀二…好き。ずっと…ずっと好き。私は貴方あなたの彼女になれて幸せだよ」


 雫の甘えた声を俺だけは知っている。何故なら俺は雫の彼氏だから。

 俺がどうして雫と付き合う事になったのかを説明するのには時間を少し遡る必要がある。



○○○



 父さんの海外出張のために2人が家を空けた初日の木曜日、いつもと変わらず学校に行きいつもと変わらず理久に絡まれる。


「なぁなぁ?」

「なんだよ」

「なんで秀二の姉ちゃんは彼氏を作らないんだよ」

「弟とは言え俺に聞かれても知らないぞ」


 理久は毎日飽きずに同じ事を聞いてくる。そしてその度に同じ事を言っている。


「だってよー。今日はバスケ部の2年だろ。昨日は野球部の2年。その前なんかバスケ部の3年だぜ。しかも全員イケメン。確かに1番とは言えないけど普通にツラのいい先輩ばかりだ。な・の・に、雫先輩は全員を悉く振ったと」

「だから、俺が知る訳ないだろって」


 理久は俺の机で頬杖をつきながら話してくる。


「お前は気にならないの?」

「ならない」


 雫の見た目が他の人より魅力的な事はここまで来ると流石に理解する。性格の事は分からないがその点も含めて雫をより魅力的にさせているらしい。


「美人な姉が告白を断り続ける理由…弟だとしても気にならない筈がないだろ」

「残念ながらその弟がならないって言ってるんだからならないんだよ」


 俺は理久に嘘をついた。

 理久の言う通りだ。気にならない筈がない。

 だからと言って理久にその事は話さないし、雫にも聞く事もない。


***


「なんで姉さんは付き合わないの?」


 両親のいない2人だけの食卓で俺は実の姉にデリカシーのない事を聞く。

 会話がなくて寂しかったからとか、話題が欲しかったとか言い訳は沢山あるが、ただ俺が知りたいから聞いてみた。


「秀二には関係ないでしょ」

「確かに関係ない。だけど気になるもんは気になる」

「そっか」


 そう言って雫は静かに食事を再開する。それはもう以上は何も言わないという雫の意志表示だと受け取る。

 少しの気まずさを抱えた俺はその後、特に雫と会話をする事なく食事を終えた。


***


 宿題や趣味のゲームに勤しんでいたら夜が更けてしまう。猛烈な眠気に襲われた俺はベッドに敷いた布団に入る。

 そして翌朝のアラームをセットすると眠りへと至るために手元のスイッチで部屋の電気を消す。

 目を瞑り寝ようとしたその時、部屋のドアがノックされる。


『秀二、もう寝ちゃった?』


 ドアの向こうから雫が尋ねてくる。

 俺は今にも寝そうな声でなんとか「起きてる」と返事をする。

 キィーとドアを開けて入ってきた雫は部屋の電気を点ける事なく俺の側まで来る。


「もしかして今から寝ようとしてた?」

「うん」


 俺が寝ようとしていた事に配慮して電気を点けなかったみたいだ。薄く開いた目に廊下を照らす電気の光とパジャマを着た雫の顔が写る。

 雫はおもむろにベッドに腰をかけると俺の目を手で塞いでくる。


「姉さん何をっ」

「目に光入っちゃったでしょ?だからそのお詫び」


 雫の小さい手では全てを塞ぐ事なんてできてないがせっかくの厚意を無駄にしない為にも大人しく受け入れる。

 温かさのある雫の手のおかげで俺の意識は素早く夢の世界に向かって沈んで行く。

 その時だ。


「付き合って」


 その言葉の前に何かを言っていたのかも知れないが聞き取れていなかった俺の耳には確かに『付き合って』の一言だけが聞こえた。

 夕方に「冷蔵庫の中身が少ない」と言っていたので『明日の帰りに買い物に付き合って」という事を言ったのかもしれない。あるいは他の事かもしれないが眠気に勝てない俺は分からぬまま「いいよ」と話す。


「……ありがとう。おやすみ」


 噛み締める様な沈黙の間と嬉しさを滲ませた声を聞いたのが最後、俺は深い眠りに落ちた。

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