第6話 スパイ

公園の歩道。

カップルが歩いている。二人とも二十五歳ぐらいだろう。


ワンピースを着た美人と、ジーンズにジャケットを着た甘い顔立ちの男性。

その正面から、スーツを着た男が歩いて来る。カップルの女性とすれ違いざまに何かを渡し、胸を触ろうと腕を伸ばした。男の手は素早く叩かれ戻った。


それは一秒にも満たない攻防だった。


何事もなかったかのように、すれ違い離れていく。


カップルとスーツの男は見えない別々のベンチに座り、周りに人影がないことを素早く確認すると、三人とも小さなイヤホンを耳に挿入した。


スーツの男は自然な仕草で口を隠しながら話し始めた。


「超一流のお前たちが、命を狙われ、変装のために整形したと聞いていたが、誰もわからないぐらいに見事な物だな。今はマリアとトムって名前なんだって」


マリアは口を動かすことなく、腹話術のように答えた。


「ほとぼりが冷めたら、もとに戻すさ」


「その前にその胸を触らせてくれないか?」


「手首がなくなる覚悟があるのなら試してみたらどうだ」


「まあいい、今回の調査依頼だ。あのガーゼマン家を知っているな。父親は行方をくらましたが、跡取り娘のケリリガーゼマンと繋がりがあるという連中の報告を受けた。ぬくぬくパークの店、名前は《トゥエンティミルキー》だ。何かあるはずだ。探ってほしい。金は後で振り込む」


「その程度の調査、そちらでもできるだろ?」


「ガーゼマン家と繋がりのある店への潜入捜査だ。危険な仕事に政府のエージェントは使いたくない。書類や上の許可がいるのでな。成功を祈る」


そう言うと、背広の男はベンチから去って行った。


フリースパイエージェントのマリアとトムは、昼ごろ20乳(トゥエンティミルキー)と書かれた看板を見つけて、その前に立った。


マリアが、腹話術で独り言のように隣にいるトムへ話しかけた。


「いかにもぬくぬくパークって感じだな」


夜になると、ギンギンギラのネオンが灯され、ボーイが外にいて、通りすがりの男たちに、こんな風に声をかけそうな店構えだ。


「いい娘いるよ、ちょっとだけ、寄ってってよ」


店のスピーカーからは、『いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、長い夜のひと時を、パークで遊びませんか?いらっしゃいませ、いらっしゃいませ』


だが、店の中から牛の鳴き声が聞こえてくる。


《モーッモーッモーッ》


続いて、女性の怒声が響く。


《牛だからといって、特別扱いはしません。人生において、マナーは特別重要なことです。はい!もう一度!》


トムは正面を向いているが、腹話術で心配そうな声を出した。


「ぬくぬくパークよね?店の中から、牛の鳴き声と女性が説教をしている声が聞こえてくるわ。どうなってるのかしら?危険な感じがするわ」


「心配するな、いつもの危険な任務と同じだ。まず、店の代表に会おう」


急遽、トゥエンティミルキーではミーティングが開かれた。


ハジィと新人二人、すなわちスパイエージェント二人が、アルファ、ロッジマイヤー、牛三頭の前に立っている。

ハジィが二人を紹介した。


「彼がトムさん。彼女はマリアさん。牛が好きなので、無料でいいから働かせてほしいということなので、手伝ってもらうことにしました。みんな仲良くしてあげてください」


ロッジマイヤーが命令口調で言い放つ。


「マリアさん、そのダボっとしたワンピースでは、モーモちゃんたちの世話はできませんよ。着替えてください」


「この格好でも大丈夫です。体型がわかると太ってるのバレちゃうでしょ」


話を切るかのように、アルファがいつもの調子で聞いた。


「ねぇ、乳はいくつあるの?」


だが、マリアは無視をした。


こうして、二人はトゥエンティミルキーへの潜入に成功した。マリアが誰もいないところでトムに指示を出す。


「あんな単純な嘘であっさりと潜入できたな。早速調査を開始だ」


だが、彼らが見たものは全てが異常に思えた。


夕方から始まる、ほとんど牛しか見えないぬくぬくパークの乳搾りショー。


その牛に礼儀、歩き方、態度、テーブルマナーまで叩き込もうとする中年女性のロッジマイヤー。


数える練習をしているが、手を使っても数えられない元羊飼いのアルファ。


ショーを見たお客からは、吐き捨てるようなクレームが嵐のように来るが、絶対に返金せず、店を守るためにひたすら土下座で謝る絶世の美女ハジィ。


見つからぬように、詳細に観察を行うスパイエージェントたち。


見えないところで、トムがマリアに腹話術で話しかける。


「ねぇ異常じゃない。きっと何かあるわ。薬よ。きっと強力な薬のせいよ。販売しながら、自分たちも使ってるのよ。そうでなければ、この店を説明出来ないわ」


マリアもほんの少し首を動かして頷く。


「そのようだな。隠し場所と販売ルートを探ろう」


ある日のこと。


アルファがマリアにショーの最中、仕事を頼んだ。


「マリアさん、搾りたて牛乳をお客さんに配るのを手伝って」


マリアは可愛くニッコリ微笑む。


「あたしってよくドジなことするから大丈夫かな?」


アルファも笑顔だ。


「大丈夫さ。もしもお客さんに変なことされたら僕にいって。その人と話をするからさ」


「ありがとうございます」


マリアが牛乳のコップをお客に渡していく。


「お客様、搾りたての牛乳でございます」


一気に牛乳を飲み干すお客たち。だがショーの内容に納得がいかず、次第に険悪なムードが漂い始めた。


そして、とうとう一人のお客がマリアに暴言を吐いてしまった。


「おい!見えるのは牛の乳じゃねぇか。人間じゃねぇ!詐欺だろ!詐欺じゃねぇってんならお前の乳を見せろ!」


マリアはニッコリと笑顔で尋ねる。


「お客様、あたしの乳をそんなにみたいの?」


「見せろって言ってんだよ!」


「そう。いいわよ、こっちに来て」


そういうと二人でトイレに入って行った。


ガシガシゴキッ


と小さな音がトイレから聞こえる。

マリアが先に出てきた。


その後ろから、ボコボコに殴られた客が出てくる。


客は後ろ姿のマリアに九十度頭を下げて謝った。


「乳を見せろって言いまして、すいませんでした!」


店が終わり、アルファは店内でシャワーを浴びることにした。


「今日~も頑張った楽しいな~」


歌を歌いながら、アルファが風呂の扉を開けると、丁度、マリアが全裸で身体を拭こうとしていたタイミングだった。


鍛え上げられた肉体に、膨らんだ胸と股間に男性がついている。


アルファはそれを見て固まると、わけがわからなくなり泣き出した。


「乳があるのにちんちんもある……」


マリアは自分を追っている組織から身を隠すため、一時的に胸を整形した男性だったのだ。


アルファに近づいてきて、肩を抱き、耳元で囁いた。


「あなた、乳はいくつって聞いたわよね。2つよ」


恐怖に駆られたアルファは震えている。


「このことは絶対に内緒よ。わかった」


アルファはただ頷くだけしかできない。彼の純朴な常識は、壊れかけていた。


「乳とちんちんがある。乳とちんちんがある。乳とちんちん」


その日から、態度がおかしくなったアルファに気づいたハジィは何度もアルファに尋ねた。


「アルファ、何かあったの?」


ただ横に首を振るアルファ。時折、笑い出す。


「何もないよ。フフフ」


「どうしたのよアルファ?おかしいわよ」


ハジィはロッジマイヤーに相談することにした。


「ハジィさん、新人の二人が怪しいと思いますわよ。時折、隠れながら私とモーモーちゃんたちを観察してるようです。モーモーちゃんたちが教えてくれました」


ハジィは思った。


ロッジマイヤーさんは牛と会話ができるようになってる。努力をすれば、どんなことでも道は開けるのね。


「ハジィさん、二人を事務所に呼んできますわ」


二人を呼び出し、事務所の机に座らせて、ロッジマイヤーとハジィとでアルファに何をしたのか詰問を始めた。


ロッジマイヤーが高圧的に尋ねる。


「あなた達、アルファさんに何をしたのか教えなさい!」


二人は前を見て、ただ黙っている。

ロッジマイヤーは机をバンッと叩いた。


「いいですか、貴方達は従業員ですのよ。何をしたのかおっしゃい!」


横で立っているアルファは震えだした。ただ、呪文を唱えるように繰り返す。乳とちんちん、乳とちんちん、乳とちんちん……


マリアはトムに目配せで合図を送った。


「もういいだろう。任務完了だな。ただのバカの集まりだ」


トムも同調した。


「そうね。帰って、バカの集まりって報告しましょ」


二人は突然椅子から立ち上がり、机に乗ると全裸になった。


「俺たち、私たち、夫婦なの」


男女が逆になっていた。


何事もなかったかのように、もう一度服を着て、二人はトゥエンティミルキーを去っていった。

ハジィが呟く。


「裸になる必要はあったの?」



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異世界で乳搾りぬくぬくパークと名作リミックス @ZZtoshi

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