第5話 ケリリ対エリザ
店内を掃除しているハジィの後ろ姿に、アルファが声をかけた。
「ハジィ、昨日すごいおばあさんに出逢ったんだ。腕なんて、ハジィの足ぐらい大きいんだよ。そのおばあさんに店の割引券を渡しておいたから、来るかもしれないよ」
「名前は覚えてる?」
「なんて言ったっけな…そうだ、エリザ、エリザ・ガーゼマンさんだ」
「エリザ・ガーゼマン…まさかね」
「どうしたの?」
「ケリリのおばあさまもエリザ・ガーゼマンっていうの。でも、細い体だったし、気品あふれていたから違うわよね」
再びハジィが店内の掃除を始めようとしていると、いつの間にかネロがハジィの隣に立っていた。
「あらネロ、どうしたの?」
「ハジィさんはケリリさんと友達というか、敵対してるというか奇妙な関係だよね。ケリリさんの情報に興味ある?」
「別にないわよ。でも、無料なら聞いてもいいわよ」
「通常、初回無料だから、今日は無料でいいよ。ケリリさんの組織は、港の荷物の積み下ろしを妨害しようとしてるんだ」
「なぜなの?」
「ケリリさんと取引のあるマフィアが、敵のマフィアが輸入した武器の上陸を遅らせてほしいと依頼したんだ。お互いに同じだけの武器を持っておかないと戦争になるでしょ」
それを聞いていたアルファは、ネロに聞いた。
「エリザって人がいるところの港なの?」
「そうだよ。二人とも名字はガーゼマンだから家族か親戚だろうね」
「ハジィ、行ってみようよ。ケリリは友人じゃないか」
ハジィは一瞬考えた。
友人…そうよね。まだ親友…よね。ケリリは仕事をしてるだけだもの。
「わかったわ、アルファ。一緒に港へ行きましょ」
その頃ケリリは、港を一時的に閉鎖へ追い込むために、ホームレスたちを港で寝泊まりさせようとしていた。
エリザの班の一人が、エリザへ情報を伝えた。
「港の入り口にホームレスのボスが来ているようですぜ」
「そうかい。あたしが話をつけようじゃないかい」
エリザは、ボスに会いに行くことにした。
港の入り口で、エリザとケリリは、お互いのことを知らずに再会してしまった。
大勢のホームレスを引き連れた車椅子の女王ケリリ。
半袖のシャツから覗く腕の筋肉とパツパツに張った、半パンのジーンズを履いた、班長のエリザ。
二人とも変わっていた。
「おばあさまなの」
「ケリリ、心配していたんだよ」
エリザは車椅子に駆け寄り、もりもりの筋肉でケリリを抱きしめた。
涙を流して抱き合う二人。
「良かった。無事だったんだね」
「おばあさまこそよくご無事で」
「あたしゃ、家にも入れて貰えず、無一文になってしまってね。ケリリに電話も掛けられなくてごめんよ」
泣いていたケリリの顔が引き締まった。
「もう済んだことです。それよりも、港を閉鎖していただけませんか?」
「なぜだい」
「ごめんなさい、おばあさま。なぜかは言えないの。でも、これが今の私の仕事なの。信じて。この街の平和のためなの」
「ごめんよケリリ。私達にとっては、信用が一番大切なんだ。荷物が届かないとなったら、一大事になるから聞くことはできないよ。すまないね」
「そう、仕方がないわ。出入り口の前で彼らに寝泊まりさせていただくわ」
気の荒い港湾の荷役運びたちは、力ずくでホームレスをどけようとする。
「お前らごとき、放り投げてやるよ」
エリザが静かに止めた。
「およし。お前たちが警察に捕まれば、荷物は下ろせなくなる」
「じゃあ、どうするんで?」
「ケリリ、一対一で勝負しようじゃないか。こっちはあたしがやるよ」
「おばあさま、お願いです、おやめください。死んでしまいますわ」
「70歳のババア相手にビビってるのかい、ケリリ」
ケリリ側から一人の男が静かに前に出た。
ケリリは驚いた。
「セバスチャン!」
「ケリリさん、悪いが止めちゃ駄目ですよ。あなたは我々の女王なんですから」
セバスチャンは身長185センチ、体重110キロ。
エリザがニヤリと笑う。
「あんた、セバスチャンっていうのかい。いい面構えだ。外から見えない倉庫でやろうじゃないか。ついてきな」
緊張が続く倉庫の中で、エリザとセバスチャンが睨み合う。
「ばあさん、俺は元格闘家だ。やるときにはやる。いいんだな?」
「自分の命を惜しむほど若くはないよ」
港湾労働者の中から、ひときわでかい男が一歩出た。体格はセバスチャンよりも一回り大きい。
「エリザさん、あっしがやりますよ」
指をボキボキ鳴らす。
エリザは振り向かず、
「あたしの仕事を取るんじゃないよ。坊やたちは引っ込んでな」
後ろから聞こえる声。
「エリザさんじゃ勝てねぇ」
「ああ、相手は元格闘家だ。俺もかじってたからわかる。かなり強い」
ケリリの顔は歪んでいた。まるでエリザの悲惨な最後を想像するように。
いや、ケリリだけではない、その場にいる全員がわかっている。やり合えばエリザが負けることを。
二人は睨み合うが、格闘において、体重差は大きい。
エリザの身長は160センチ体重70キロほどだろう。
身長185センチ、体重110キロの元格闘家と比べれば、体格差は歴然だ。
エリザが腰をかがめ、右の拳に体重を乗せ、左のこめかみに向かってフックを繰り出した。
セバスチャンは、軽く上半身をスウェーバックさせて避け、右ストレートを出す。
エリザの顔面を捉えた。
尻もちをつくエリザ。
ツーと鼻血が流れ出す。
ケリリは口を抑えて、顔を背けた。
立ち上がったエリザは、鼻血を左袖で拭く。
「そんなもんかい、元プロの格闘家って。フォフォフォ。」
膝に手を掛け、顔だけがセバスチャンを見ている。
セバスチャンがケリリに吠えた。
「女王!組織の上ってのはこういうことなんですよ!肉親が相手でも、やらないといけないときもあるのさ!」
ケリリは横にそむけてた顔をまっすぐにして二人を見た。唇をかみ、泣き顔を隠している。
港湾労働者の人々は、セバスチャンに掴みかかろうと動き出す。
「テメェー俺達が相手だ!エリザさんには、一切
触れさせねえ!」
エリザも吠える。
「黙れ!あたしの仕事だって言ってるだろ!」
息を整えながら、小さな声で呟く。
「女海賊、ヴィクトリア。先祖なら戦い方も置いていってほしかったよ。なんて、泣き言はなしだね」
左右の足は前後に軽く開き、ノーガードで挑発した。
「70歳のババアを一発で殺せないなら、元格闘家なんて言うんじゃないよ!」
無表情のセバスチャン。
「女王、どうします。いつでも、二度と立てないようにできますよ」
ケリリの目が開く。小さな声で。
「止めて…」
その時、アルファの悲痛な叫び声が倉庫の空気を一変させた。
「ねえ、聞いてよ!」
みんながアルファの方へ振り向く。
「ケリリもおばあさんも喧嘩するの?だめだよそんなの」
ハジィを睨むケリリ。
「ハジィ、何しに来たの」
エリザは驚き口を開いた。
「ハジィ!それに、いつぞやの坊やかい。お互いに守らなきゃいけないものがあるんだよ」
アルファは、構わず二組に向かって歩き出し、割って入ると話し始めた。
「家族はみんなミルクで育ってるのに、なぜ争うのさ。牛はお乳が4つあるでしょ。それを2つしか使えなかったら、お母さん牛はどう思う」
「坊や、なんの話をしてるんだい?」
構わずアルファは続ける。
「僕はね、お母さん牛は悲しいと思うと思うんだ。だって、お母さん牛はね、子牛がいっぱいミルクを飲むと、お母さん牛も嬉しくなるでしょ。喜んでるお母さん牛を子牛が見て、また嬉しくなっていっぱい飲むんだ。子牛はね、そうやって大きくなっていくんだ。大人になった子牛は、また自分の子牛にミルクをあげるんだ。なのになぜ喧嘩するのか、僕にはわからないよ!」
ハジィは、アルファの翻訳をした。
「子供へ多くの愛情を与えるのが母親の喜び。そうやって、人は子孫を残してきた。おばあさんもケリリのお父さんにめいっぱいの愛情を、そして、ケリリのお母さんもケリリにめいっぱいの愛情を。何を争ってるのか僕にはわからないよ。って言ってると思う」
それを聞いて、アルファはうなずいた。
エリザがハジィに声をかける。
「旦那の言葉を同時通訳かい。国連レベルじゃないか」
ケリリの顔の複雑な歪みと戦闘モードが解除された。表情は、安堵なのか笑顔なのかわからない。
「そうね、仕事のために、家族で争うことはバカのすることよね」
ケリリはニコリとしてエリザを見た。
「おばあさま、また会いましょう。今度はお茶でも」
ケリリは思い出したように、エリザに聞こえるような大きな声でセバスチャンに尋ねた。
「ねぇセバスチャン。武器の輸入ってできるの?」
セバスチャンが笑いながら大きな声で返答した。
「密輸しない限りできませんよ」
「そう」
車椅子を押しているホームレスへ命令した。
「帰るわよ」
去っていくケリリ。
しかし、車椅子は停まった。
「ハジィ、あなたの店は潰すわ。詐欺ですから」
また、車椅子は動き出した。
港に戻ったエリザは船から荷降ろしの作業を始めた。大きな木箱を肩に担ぎ、船から降りてくる。
木箱を運びながら歩いていると、突然手を滑らせ落とした。
割れた木箱から大量の拳銃が出てきた。
エリザがわざとらしく叫ぶ。
「あ!けんじゅうだ。武器のゆにゅうはきんしのはずだよ」
それを見た、近くにいる男もわざとらしく叫ぶ。
「けいさつにしらせよう」
ほかの男たちもニコニコしながら言う。
「俺たちゃ、密輸の手伝いはできねぇよな、みんな!」
エリザは空を見上げ呟く。
「ケリリ、これでいいんだろ」
ケリリは、仕事を頼んできたマフィアの事務所にいた。
「ムッソさん。今回の仕事はお断りすることにしました。お金はこの通りお返しします」
「ケリリさん、一度受けた仕事を断ることはできないよ。わかってるよな」
「仕事がなくなったんですもの。どうしようもないですわ」
「どういう意味だい」
「武器の密輸がわかり、警察に押収されてるはずです」
「あんたがやったのかい」
「どこに武器があるのか知らないのに、できるはずはないですわ。ただ、ネットワークからの情報が入って来たのです」
「そうかい、それはいいタイミングだったな。これで、武器が手に入ったのは俺達だけになる。一気に潰してやるぜ」
「ムッソさん。私はこれで失礼します」
セバスチャンがケリリの車椅子を押し、ドアを開けて出て行った。
しばらく歩いた後、セバスチャンがケリリに話しかけた。
「お嬢、ムッソに送るはずの武器を、倍の値段でこっちが買い取って海に捨てるなんざ、無茶にも程がある。金はもう残ってねえよ」
ケリリは晴れやかな顔で返事する。
「セバスチャンさん、おばあさまに会えたのですもの、安いものですよ」
セバスチャンは苦笑した。
「まあそうだな、金で買えないものを買ったようなもんだ。ムッソのやつ、ずっと武器が来るの待ってるんだろうな。笑っちゃうな」
ケリリはいたずらっ子のような笑顔で笑った。
「そうね。フフフ」
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