令和鬼合戦2:犬牙の砦~九番隊の十忍と未曾有のケイホウ~
黒いSUVは、旭川沿いの工業地帯に佇む、古びた倉庫へと滑り込んだ。同じ形の倉庫が六つ並んでおり、看板には『対鬼特務忍群岡山基地(たいおにとくむにんぐんおかやまきち)』とだけ書かれており、ここが基地だと思えないほどさびれた倉庫だ。
「……ここが、岡山基地ですか」
助手席の鈴木羅夢多が呟く。
「ああ。表向きはな。地下が俺たちの主戦場だ」
倉庫の中は思ったよりも広く、入ってすぐ左手側にはヘリコプターが並んでいる。
副隊長の相田謙心がハンドルを回し、大型の貨物エレベーターに車ごと乗り込む。重い金属音が響き、エレベーターは深淵へと沈んでいった。
忍者学校の先輩で当時から変わらない相田を横目で見る。百九十センチメートルの長身をシートに深く預け、顎には無精ひげがうっすらと伸びている。ぼさぼさの頭を面倒そうに掻き、左耳の銀ピアスを光らせるその姿は、一見するとだらしない。だが、その緩んだ空気の奥に、猛獣のような鋭い気配を潜ませている。羅夢多にとって、その「だらしない格好良さ」こそが、忍者学校時代から変わらぬ憧れの象徴だった。
地下三階。扉が開くと、そこにはコンクリート剥き出しの巨大な空間が広がっていた。数人が戦闘訓練を行っていて、一番奥には電子機器やモニターが並び、その横には古風な注連縄(しめなわ)が張られた鳥居が鎮座する。現代と古(いにしえ)が混在する異質な光景だ。
「地下一階と二階が雉翼衆のフロアで地下三階から九階までがおれたち犬牙衆、地下十階より下の階が猿掌衆の工房や研究施設、俺らは地下十階までは自由に行き来できる。上忍になればさらに下の階まで行ける。研究施設には、研究用の鬼がいたり、鬼の研究や兵器の開発もやってる」
歩きながら、相田は真剣な面持ちで語り始めた。
「いいか羅夢多、おさらいだ。地獄の門は中からしか閉じられない。両開きだから最低でも二人が中に入る必要がある。中に入って門を閉じ、そのまま地獄の調査をする。……それが雉翼衆(ちよくしゅう)の仕事だが、俺たち犬牙衆(けんがしゅう)の役目は、そいつらが門を閉じるまでの時間を稼ぎ、門から出た鬼を掃討すること、つまり戦闘が任務だ」
相田に連れられ、羅夢多は九番隊の執務室へと足を踏み入れた。執務室といっても広いフロアに仕切りがあるだけの部屋だ。そこには、これから生死を共にする九人の精鋭が揃っていた。
「隊長、新人を連れてきました」
相田の言葉に、部屋の中央に座る巨躯がゆっくりと立ち上がった。
「……雷電さんのご子息か……よろしく」
対鬼特務忍群最強の忍者で九番隊の隊長 源雲切(みなもと・くもきり)。
羅夢多の……いや、すべての忍者のあこがれ、身長二百センチメートル、体重百五十キログラム。岩山のような肉体、太い首、頬を走る無数の古傷。座っているだけで室内の空気を重く変える圧倒的な「圧」に、羅夢多は背筋が伸びるのを感じた。忍術も剣術も体術もすべてに優れている。源隊長しか使えない忍術がいくつもあり、有名なのが直接触れることで発動する『蛇咬爆(じゃこうばく)』は、相手の体に噛み跡のような穴を穿ち、内側から爆発させる。S級の鬼でも倒せるほどの威力がある。
「副隊長の相田謙心(あいだ・けんしん)だ。改めてよろしくな」
案内してくれた相田が笑う。百九十センチメートル、百キログラム。二十五歳。剣術の達人だが、戦闘中は常に十本の剣を背負っている。剣がメインの武器の羅夢多も戦い方を参考にしている。三歳年上で忍者学校の先輩、学校時代も剣を教えてもらっていた。
「そして、もう一人の副隊長。上忍の戌亥陽炎(いぬい・かげろう)さんだ」
影から染み出すように現れたのは、黒い長髪を後ろで結んでいる病的なまでに肌の白い男。感情を映さない冷静な瞳を持つ男。影を操る術に長け、力押しの多い九番隊の参謀役を務める。
「よお、羅夢多。久しぶりだな」
声をかけてきたのは、忍者学校の同級生で同期の齊藤太郎(さいとう・たろう)だ。
百七十センチメートル、七十キログラム。特徴のない顔立ち。髪は短く整えられている。彼を言葉で表すとすべてが平均的な人間。「目立たないこと」を最大の武器とする、遊撃のスペシャリスト。何でもこなせるので頼りになる存在。
「秋山だ。火遁(かとん)と銃が得意だ」
銃の整備をしていたのは、先輩の秋山三弥(あきやま・さんや)。火遁の名人として知られている。職人気質の鋭い眼光を持つ男、使い込まれたタクティカルグローブをはめた手で、対鬼ライフルをメンテナンスしている。古風な火遁の術と、最新の銃器を組み合わせた遠距離火力支援の要だ。
さらに、周囲のメンバーが続く。
「私は北条結衣(ほうじょう・ゆい)。索敵なら任せて」
知的な印象を与える、ボブカットの青みがかった黒髪の女性が羅夢多を値踏みするように見た。二十三歳、百六十五センチメートル。額の多機能ゴーグルを弄りながら、彼女はフッと口角を上げた。鬼を感知し、瘴気でランクを割り出す感知の専門家。
「……真壁剛(まかべ・ごう)だ。よろしく」
地響きのような低音で応じたのは、羅夢多より少し大きい巨漢だ。三十五歳。短く刈り込まれた坊主頭に右頬を覆う大きな傷跡。戦車のような重装甲の外骨格を軋ませながら、彼は寡黙に拳を握った。その分厚い肉体は、歩く盾そのものに見えた。土遁(どとん)の防壁を操る重装下忍。
「俺は宇喜多秀二(うきた・しゅうじ)。初日に大活躍だったな」
束ねた長髪に彫りの深い端正な顔立ち。モデルのような長身で不敵に微笑むイケメン。すらりと長身でスタイルの良い男。犬牙衆一のイケメンだ。爆発系忍術の達人でもある。設置型の罠として敵を吹き飛ばすことも、掌から直接爆壊の衝撃を叩き込むことも可能だ。その立ち振る舞いは優雅だが、扱う術は破壊的だ。
「中忍の小早川凛(こばやかわ・りん)です。医療忍者よ。死んでいなければ治してあげる」
背の高い、艶やかな黒髪の女性が歩み寄る。赤いリボンでハーフアップにした髪に、泣きぼくろが印象的な妖艶な美人。だが、腰に下げた専用装備からは、微かに薬品と鉄の匂いが漂っていた。 自らの血で負傷箇所を強制再生させる、貴重な医療忍者。源隊長が「彼女がいれば死人は出ない」と断言するほどの腕前だ。
羅夢多を含め、この十人が岡山犬牙衆九番隊だ。
「歓迎会やるから十九時にここ集合な。それまでは自由時間だ。色々見て回れ」
相田が時計を見ながら言った。
「齊藤。部屋に案内してやれ」
「了解です」
齊藤はさっさと歩きながら説明しだした。
「俺ら九番隊は出動が多い。素早く出動できるように地下三階を使ってる」
「雉翼衆はヘリや移動手段の準備もあるから一番上のフロアだ」
「やつらはすごいぜ。食事も睡眠もトイレも飛びながらやるんだからな」
齊藤が不意に、口元に何かを放り込んで走り出した。
「あの扉に先についたほうが勝ちだ!」
「ずりぃ!!」
勝負を持ちかけられると思っていなかった羅夢多は出遅れた。
だが羅夢多は、走ることだけは忍者学校の四年間で誰にも負けたことはない。
まして齊藤に負けるはずがない……そう確信していたが、先に扉に触れたのは齊藤だった。
「よっしゃあ!!」
先に扉についたのは齊藤だった。
「え」
まさかの結果に信じられないほどの悔しさがこみ上げる。
「もう一回だ!!」
「いいぜーー」
三十分たっただろうか。
「ゼーゼー……もうやめようぜ」
齊藤から申し出があった。
「足早くなりすぎだろ……ゼーゼー」
三十分ほど全力で走り続けていた。どちらが勝つかはもうどうでもよかった。なぜ勝てないのか、その違和感だけが羅夢多の中に残った。
「なーんだ、羅夢多。もう着いてたの?」
聞き覚えのある声だ。振り返ると白衣を翻した少女、長い髪をツインテールにし金髪に近い明るい髪色、丸眼鏡をクイッと上げ、勝ち気な笑みを浮かべる彼女は、自称「猿掌衆」の姫にして天才技術者だ。
「あんたの外骨格、私が組み上げたんだから。ネジ一本でも壊したら、承知しないわよ?」
冗談とも本気とも取れない言葉で羅夢多をからかう彼女の視線には、幼馴染への深い信頼が隠れていた。
その後ろには、透き通るような白の長髪をなびかせ、羅夢多の体躯を見下ろすその眼差しは、忍者学校から変わらず冷淡だ。彫刻のように整ったその顔、昔からモテていた男の顔だ。雉翼衆(ちよくしゅう)のマントを揺らす九十九薫(つくも・かおる)が続いていた。
「モモに九十九……お前たちも岡山基地だったのか」
「ええ。私は新装備のテストでね。あんたの刀、後で貸しなさいよ。鈴木一族の業物、解析してみたいんだから」
モモが羅夢多の刀袋を興味津々で見ている。
「初日から目立っていたな」
九十九が鼻で笑った。
「しょうがねぇだろう」
「無事でなによりだ」
「九十九、お前……!」
羅夢多が言い返そうとした、その時だった。
――ピィィィィィィィィィィン!!
耳を劈(つんざ)くような高周波が、基地全体を揺らした。
「……何だ!?」
相田が声を荒らげる。壁一面のモニターが一瞬で真っ赤に染まった。
『緊急事態!地獄の門がひらきました!場所は……複数!』
『 全国で地獄の門が同時出現! 』
雑談の空気は一瞬で吹き飛んだ。モニターには、東京、大阪、福岡……主要都市のど真ん中で次々と「割れる」空間が映し出されていた。
「同時にこれほど……!?」
相田が絶句する。輸送デッキの大型ビジョンには、倉敷市駅上空に現れた、門が映し出されていた。
「……じゃあな羅夢多!隊に戻る!」
九十九の目が、戦士のそれに変わる。
「九番隊、出陣だ!」
源雲切が野太刀を抜き放った。その背中は、どんな鬼よりも巨大に見えた。
最前線、岡山。
未曾有の危機を前に、羅夢多の血が熱く脈打ち始めた。
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