令和鬼合戦 〜地獄の門が開く街で俺は鬼を滅ぼす 〜

清永志郎

令和鬼合戦1:対鬼特務忍群 〜新人忍者は、現代に現れた地獄の門を断つ〜

暑い夏。岡山駅東口、桃太郎像の周辺は、陽炎がアスファルトを歪めるほどの猛暑に包まれていた。


「……あー暑い……まだ来ないのか……」


その男は、 黒く鋭い雷を宿したような強い光がある瞳で空を見上げる。跳ね上がった黒髪を乱暴にかき上げ、大きな刀袋を肩に担ぎ直し、忌々しげに吐き捨てた。


彼は、今日から岡山への着任が決まっていたが、駅まで迎えに来るはずの車両は十五分も遅れていた。


駅前には、民間企業『人桃セキュリティ』の看板がこれ見よがしに掲げられている。 彼らが擁する『人桃衆じんとうしゅう』は、対鬼特務忍群に所属しているが独立性を重視し民間企業として独自の運営をしている。


岡山駅にも人桃衆は配備されていて、いつ「地獄の門」が開いても対応できるようになっている。


独立採算制の民間企業である彼らは、スポンサー名やロゴが入っている対鬼用外骨格をきている。


対して、人桃衆以外の装備は実用本位。だが、歴史の重みと、命を削って磨き上げた「術」の鋭さだけは、資本力で買えるものではない。肩の刀袋の中には代々伝わっている直刀の剣が入っている。


その時だった。


――ピィィィィィィィィィィン!!


耳の奥を針で刺すような、不快な高周波が駅前広場に響き渡った。 着慣れないスーツを着ている男の胸ポケットにあるスマホが、緊急鬼出現速報を受信し激しく震える。


「……ッ、来たか」


駅ビル上空の空間が、まるで見えない巨人に引き裂かれたかのように「割れた」。 その裂け目から「地獄の門」が現れる――ゆっくりと開かれた扉から這い出してきたのは、身の丈四メートルを超える、赤い筋繊維が剥き出しになった異形だった。現代に蘇った災厄、「鬼」だ。


門から出てきたのは5体だけ、早く閉じないと手に負えないくらいの数になる。5体とも赤鬼、角の数は一本角と二本角が各二体、三本角が一体、全員一つ目。角と目の数が少ないのは弱い鬼、ランクで言うとD級だろう。駅前に配備されている人桃衆だけで何とかなるかもしれない。男は刀袋を肩から下ろした。


「鬼だ! 人桃セキュリティを呼べ!」


誰かが叫んだ。


逃げ惑う群衆。 その悲鳴に応えるように、駅前に配備されていた『人桃衆』が、最新型の強化外骨格をガシャガシャと鳴らして展開した。


「戦闘開始! 被害を出すな!」


開始の合図のようにアンチマテリアルライフルの銃声が響く。最初に出てきた一本角の鬼の頭が吹き飛んだ。鬼の強靭な皮膚は対戦車砲やアンチマテリアルライフルなどの強力な銃じゃないと通らない。だが、A級以上の上位の鬼となるとそれらも殆ど効かない。


岡山人桃衆 一番隊隊長 柳京子は次弾を装填し狙いを定める。元犬牙衆で狙撃に才能を発揮している彼女は狙った的は外さない。深呼吸し引き金を引く。もう一体の一本角に当たった弾丸は、火花を散らして弾き飛ぶ。


「特殊個体だ!気を付けろ!」


柳は叫ぶ


叫ばなくても、対鬼用外骨格には通信機器が備わっているヘルメットがあるので聞こえるのだが特殊個体が出たという緊張が柳を叫ばせた。


特殊個体の鬼が丸太のような腕を一振りすると、高価な強化外骨格は紙細工のようにひしゃげ、人桃衆の隊員1人が宙を舞った。


柳は特殊個体の後頭部にもう一発食らわせたが、またしても火花を散らして弾き飛んだ。


「ダメだ! A級以上だ!火力が足りない! 増援は!?」


柳が叫んだあとにすぐ横から聞こえた。


「あと三体!」


その男は、三本角を真っ二つにし返り血を浴びながら逆行するように歩き出した。 彼は一振りの直刀を持っている。反りのない、鋭利な鉄の塊。だがどこかの刀匠が作り上げた業物だということがわかる。


「岡山犬牙衆 九番隊!鈴木羅夢多参上!……あとは任せろ!」


羅夢多の雷を宿したような瞳が、一瞬で研ぎ澄まされる。 戦闘は初めてだがやるしかない。


「……犬牙衆!」


柳京子の目が驚愕に見開かれた。最新鋭の電子照準器越しに見えるその背中は、あまりにも無防備で、そしてあまりにも異質だった。重厚な対鬼用外骨格を纏う自分たちとは対照的に、汗で張り付いたスーツ姿。しかし、彼が手にする直刀から放たれる威圧感は、周囲の猛暑さえ凍りつかせるほどだった。


そして、彼が手にする直刀から滴り落ちる鬼の返り血が、その実力が本物であることを物語っている。


 生き残った二本角の鬼が、咆哮を上げた。


「おい、下がれ!特殊個体がいる!そいつは硬質の外殻を持っている!並の刃物じゃ――」


柳の警告が終わるより早く、羅夢多が動いた。


一歩。


ただの踏み込みではない。陽炎を切り裂くようなその足運びは、人桃衆の強化外骨格が持つブースターの加速すら凌駕していた。


「D級はこの程度か」


二本角の鬼が金棒を振り下ろす。瞬間、銀光が一閃した。


ガギィィィン!と、硬質な金属音が響き渡る。


だが、弾かれたのは刀ではない。鬼の金棒ごと、剛腕が、肘のあたりから斜めにズレてそのまま地面に落ちて血を噴き出している。


「グ、ガアアアァァァッ!?」


「一つ。……二つ」


羅夢多は止まらない。独楽のように回転しながら、残る二本角のもう一体の懐に潜り込む。 逆手に持ち替えた直刀が、鬼の喉元を深々と貫いた。


 一本角の特殊個体が、激昂し咆哮を上げた。 その身に纏う瘴気がさらに濃くなり、周囲の空気が黒く変色していくようだ。この個体には、物理的な破壊力だけでは届かない。鬼は丸太のような腕を振り上げ、全力を込めて羅夢多を叩き潰そうと振り下ろした。


「あぶねぇ!……お返しだ!」


間一髪で避けた羅夢多が叫ぶと、直刀の刃に青白い火花のような光が宿る。


カン


乾いた金属音と共に、銀光が一閃した。 それは斬撃というよりも一筋の光だった。特殊個体の巨躯は、振り下ろした腕から頭部、そして股下までを一直線に両断され、断末魔を上げる暇もなく肉の塊となった。


「……一丁上がりだ!」


羅夢多が刀を振って残穢を払ったその時、上空の「地獄の門」が激しく波打った。 中から別の鬼が現れるのかと、柳が銃口を向ける。しかし、扉の向こうから姿を現したのは、異形ではなく、マントを翻す三人組の男女だった。


「もう制圧したのか」


先頭の男が、地獄の門から羅夢多を見下ろして軽く手を挙げた。彼らの胸元には、対鬼特務忍群の中でも空中制圧を専門とする『雉翼衆チヨクシュウ』の紋章が刻まれている。


「門が開くのが見えたから来たが、手伝いは必要ないようだな。物資の補給をしたかったが大群が迫っている。門はすぐに閉じるぞ」


 雉翼衆が門を内側から閉じると、空中の裂け目は吸い込まれるように収束し、跡形もなく消え去った。彼らはそのまま、門の中へと消えていった。


 地獄の門は内開きになっており内側からしか閉じることはできず、最低でも二人で中から閉じるしかない。


雉翼衆は門を閉じて中に残り地獄の門の内側の調査を行う。地獄と呼ばれているその場所は鬼の巣窟でまともに戦えば生き延びることはできない。鬼に飛行する個体は確認されておらず雉翼衆は飛ぶことで戦闘を避け、広大な地獄を調査している。


静寂が戻った広場に、遅れてやってきた一台の黒い大型SUVがタイヤを鳴らして停まった。 車体には『対鬼特務忍群 犬牙衆』の紋章。


「……おいおい、もう終わらせちまったのか」


運転席から顔を出したのは、無精髭を生やした三十代半ばの男だった。


「済まねえな新人。遅くなった。岡山犬牙衆、九番隊副隊長の相田だ」


羅夢多は返り血を拭いもせず、肩に刀袋を担ぎ直した。


「……遅刻ですよ、相田さん。おかげでスーツが台無しだ」


「ハハハ!飯おごるからチャラにしてくれ。乗れよ、歓迎会は駅前の冷やしうどんでどうだ?」


羅夢多は溜息をつき、呆然と立ち尽くす柳京子ら人桃衆を一瞥もせず、車に乗り込んだ。


灼熱の岡山。鈴木羅夢多の鬼合戦がここから始まる。

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