第6話 魔女と黒髪

 あの日、悪しき女王と王女を見てからすでに一年が経った。もう五歳だ。俺はあの日見たあの娘を救うために、さらに魔法の学習に力を入れている。

 前世の記憶からして、ああいった邪神の傀儡と化した状態の人間は、碌なことをしないと決まっている。あまり時間が無い可能性がある。


 少女と打倒王妃のため必死に訓練する。そんなある日だった。


「魔法を教えて欲しい、ですか?」


 丁度昼頃の時間帯に、玄関を叩く音が聞こえた。

 俺と母さんはリビングにいて、扉越しに人の気配を感じた。母さんが扉を開くと、黒髪の美人な女性がいた。俺は母さんの足下から顔を出す。


「ええ、ナーシャが忙しいのはわかってるんだけど、少しでも教えてもらえたらなって」


 申し訳なさそうにそう話す女性の横には、小さな黒髪の女の子がいた。俺と同年代のように見える。

 クールそうな見た目で美少女だが、俯いていて顔はよく見えない。


「アリサがいつも傷だらけで帰ってくるから心配で。治療魔法くらいは使えるようになって欲しいのよ」


 その女性は心配そうに、足下にいるアリサと呼んだ少女を見た。


「……」


 アリサは不機嫌そうに顔を背けた。それを見て母さんが頬に手を当てた。


「教えるのはいいのだけど、私は忙しいのよね。うーん、どうしましょうか」


 そう言って母さんは俺を見た。そのまま少し口角を上げてウインクしてくる。

 え、つまりはそういうこと? 俺は察したままに口を開く。


「えっと、僕が教えようか?」

「まあ、クルト! やってくれるかしら?」

「いいよ」


 俺が頷くと、母さんは頬を緩めた。わかりやすくお願いされてしまった。まあ、俺にもメリットはあるからな。

 友達がいないという問題解決の糸口になるかもしれない。同年代であるアリサの知り合いと仲良くなれれば、友達問題は解決だ。


 それに上手くいけば、強力な魔法士になって、俺を助けてくれるかもしれない。

 仲間が多いことに越したことはないからな。あの女……王妃を倒すためにも、強い味方を増やしていかなければならない。それならば、自分で人材を育成して、仲間にしてしまうのもありだ。


「クルトでもいいかしら」

「構わないわ。クルトくんも治療魔法が上手いって噂だもの」

「そうだったのね」

「ええ、みんな魔法を使えるクルト君に興味津々よ?」


 女性は少し屈み俺の方に笑顔を向ける。アレクセイ相手に治療をしたことがあったが、噂になっちゃったか。変なことにならなければいいけど。


「それじゃあ、明日から来てもらってもいいかしら」

「いいよ」

「ありがとう、クルトくん。また明日ね?」

「うん、ばいばい」


 女性が手を振って帰って行くが、その間も女の子はずっと下を向いたままだった。

 どういう状況かわからないけど、ちょっと心配だな。どう考えてもいじめられてるっぽいし。


 俺は情報を得るため、母さんに尋ねる。


「ママ、あの子はなんで傷だらけなの?」


 俺が聞くと、母さんは顔を歪ませた。


「たぶん、お友達につけられたんでしょうね」


 はっきりと、子どもたちにいじめられたとはやっぱり言えないよな。


「止められないの?」

「……」


 母さんが俺の頭を撫でる。


「私の家はね、凄く周りの人に怖がられているの。だから、私が声を掛けちゃうと、困ったことになるのよ」

「ふーん……」


 母さんは強い影響力を持っているから、下手に干渉するとややこしいことになるってことだろうか。

 やはり母さんはこの街に対して、何かしらの力は持っているようだ。それも、下手に手を出せないくらいには。


 俺を周りの子どもたちにも紹介したことがないのはそのせいか?

 まあ、とにかく明日アリサと会うことになるだろう。そのときにいろいろ聞いてみることにしよう。



 翌日の昼過ぎ、母さんからアリサ家までの道のりを聞いた。少しややこしい道順だったので、道を覚えながらゆっくりと向かっていた。

 日陰になっている細い路地をくねくねと曲がりながら進む


 今までは大通りしか通ったことが無かったが、裏には入り組んでいる道も多いようだ。謎の虹色かかった液体が落ちている汚い場所もあった。あれはオイルなのか……? 異世界怖い……。


 場所によっては崩れている家が広がる場所もあり、思った以上のスラムっぽさにビビりながら移動していると、視線の先、他の家とは少し離れた場所にぽつんとその家はあった。


 歩きながら周囲を見渡すと家々は崩れていたり、すでに使われておらず、ぼろぼろで人が住んでいる様子は無い。

 そんな中、アリサ家だけが崩れかけの城壁の前に佇んでいた。


「すいませーん」


 玄関で扉をノックすると、家の中から小さく足音が聞こえた。


「はーい、どなたかしら~」

「クルトです」


 俺がそう返答すると、すぐに扉が開いた。扉の先には長い黒髪が特徴的なアリサママが立っていた。


「おはよう、クルトくん。もう来てくれたのね」

「おはようございます。アリサはいますか?」


 俺が訊ねると、アリサママは顔を曇らせた。


「えっと、朝出たっきりでまだ帰ってきてないのよ」

「どこかに行ってるんですか?」

「ええ。いつもは少し行ったところの路地裏で何かしてるのだけど、昼には絶対に帰ってくるの。でも、今日はまだ帰ってなくて……。大丈夫かしら……」


 いつもは帰ってくるのに今日だけまだ帰って来ていない。どうもトラブルの予感がするな。様子を見に行くか。

 心配そうなアリサママに俺は笑顔を向ける。


「ボクが探してきます」

「え、でも……」


 アリサママは言いずらそうに口を噤んだ。


「大丈夫です。ボクの家は強いので」


 そう言って俺は胸を張る。俺……いや俺の母親を頼ってくれてええんやで?

 そう俺が冗談じみた風に言うと、


「そうね。あなたのおうち――ロイヴェリク家は強いものね」


 と、アリサママは力なく笑った。

 アリサママも我が家の発言力が強いのは知ってそうだ。それに、やっぱり各家で力の差がありそうな雰囲気。


 あと、地味にうちの名字を初めて知った。ロイヴェリクね。

 俺は初耳の名字を頭に入ると、アリサママから路地裏までの道を教えてもらう。


「――で行けるから。それじゃあ、お願いね」

「うん」


 俺は頷くと、すぐに走り出す。走りながら、アリサママが俺の背中を見ているのがわかった。そりゃ心配だよな。娘が帰ってこないんだもん。

 毎回同じ時間には帰ってくるアリサが帰ってこないということは、確実に何かしらが起きていることは間違いないだろう。


 ただでさえ、こんな街の端っこに住んでいるんだ。何か事件が起きてもおかしくない。アリサが無事であることを祈りながら、俺は身体強化を使って足を速める。


 くねくねとした道を急ぎながら進んでいると、急に開けた場所に出た。

 舗装されたタイル張りの地面が広がる中、中央には大きな木が地面から生えていて、その辺りにはベンチがあった。小さな広場のような感じだ。


 その手前でアリサが倒れていた。服は砂を掛けられたのか酷く汚れていて、腕にも傷がある。そして――

 彼女がされていることを見て、俺は目を見開いた。


 アリサの前には、三人の同世代の男の子がいた。二人は年下で、一人は年上だろうか。彼らは何かを喚きながら彼女を何度も蹴り続けている。


「オズボーンは帰れ! 魔女は帰れ!」

「……っ やめっ……て……」


 蹴られながらアリサは辛うじて声を出しているが、三人の男子はやめる気配がない。

 は? なんでアリサが蹴られてるんだ。


「やめろっ!」


 俺は走って彼女の元に向かう。

 俺に気づいたのか、三人は煩わしそうな目で俺を見て、顔を見合わせた。


「なんだこいつ」

「こいつもやるか?」

「魔女に味方するんだから、こいつも魔女だ」


 そのまま一人身体の大きな少年が出てくる。彼だけ一歳二歳違うような見た目だった。


「魔女はっ、帰れ!」


 そう言って俺に殴り掛かってくる。しかし遅い。所詮子どもの力だった。大した速度は出ない。

 俺は手の平に風魔法を発動前で待機させた。そのまま、迫ってきた拳を避けて、彼の鳩尾辺りに手の平を打ち込んだ。


「『風爆(インパクト)』」


 風が爆発するように広がる魔法、『風爆(インパクト)』を彼に当てると少年は後ろに軽く吹き飛んだ。

 浮いた身体が落ちると石畳に背中を打ち付け、お腹を押さえて苦しそうに悶える。


「がっ、ぁ……」


 息ができないのか、口をパクパクと動かしている。

 純粋な暴力を見た少年たちは驚きで固まっていた。


「ま、まほうだ……」

「も、もしかして……」


 話し方と様子から見てこいつら年下か……。面倒だな。

 戸惑う少年たちを睨みながら、俺は口を開く。


「俺はロイヴェリク家の長男、クルトだ。なんでアリサにあんなことをするんだ」


 俺がそういう言うと急に少年たちは動揺し始めた。


「ロイヴェリクって……」

「まずいよ。かーちゃんに怒られる……」


 少年たちは急に焦り始めたのか、顔を見合わせる。表情からして、俺に相当ビビっているようで引き攣った表情のまま質問に答えない。ロイヴェリクの名前を出すだけでこんなにビビるのか。


 俺がため息をつくと、倒れていた少年がお腹を押さえながら立ち上がった。


「……よそ者のロイヴェリク、か。父さんの敵だ……」

「よそ者? どういうことだ」

「……お前らは外から来たんだ。それで俺の父さんが治めていた街を、勝手に自分のものにした……この、恩知らずめ……!」

「ザック、やめようよ。怒られるよ」

「うるさいっ!」


 ザックと呼ばれた少年は仲間に怒鳴り返して俺を睨んでくる。逆恨みどころか、全く話がわからない。

 俺の母さんか、父さん両方とも外から来たってことか? それで、この街で強い発言権を手に入れたと?


 それは単にこいつの父親が弱いのでは? というか、まずだよ?


「俺はお前を知らないから関係ない」


 「俺は関係ないですよ~」と目の前の少年にわかりやすいように砕いて言う。

 すると、ザックは顔を赤らめて見るからに怒りを増していた。なんで?


「そんなことよりも、アリサだ。なんで蹴っていた」

「そんなことだとっ! ゴルダン家を馬鹿にしておいて!」


 全身を怒りで震わせているザックは今にも殴り掛かってきそうだった。

 話が進まないので、俺は魔法で手の平に炎を出す。


「なあ、お前燃やされたいのか?」

「っ……!」


 脅すと、少年は露骨に腰を引いたが、退く様子ない。


「……それで、ザック。なぜアリサを蹴っていた」

「…………お前は魔女の話を知らないのか?」


 俺は首を傾げた。魔女の話ってなんだ。


「……黒髪は魔女の一族なんだ。こいつが生きていると周りが不幸になるから、生きていちゃいけないんだ」


 ザックは倒れているアリサを睨んだ。黒髪が魔女の一族だと? 前世でも魔女狩りなんてのが昔あったが、それと似たような感じか?

 でもこの世界には魔法が存在する。何をもってして魔女と認定しているのか……。


「だからって暴力はいけないだろう」

「……黒髪は敵だ」


 ザックは全く納得していないように見える。どうしたら納得するのか……。

 俺も敵視されているし、あっちも意地を張ってここから退くことはなさそうだ。


 俺がどうしようか悩んでいると、路地の方から声が聞こえてきた。


「こら~! またあんたたちアリサをいじめて!」


 現われたのは綺麗な金髪を伸ばした気の強そうな少女だった。俺と同年代か、少し年上に見える。

 走ってこっちに向かってくるが、俺たちの手前で足を止めた。


「あれ、あなた見たことないわね。それにザックがボロボロじゃない。何があったの?」


 少女は向かい合う俺たちを見た。

 これは勘違いされないように口を開いておくか。


「ザックがアリサを蹴ってたから止めたんだ。そしたら殴られそうになったから、やり返したんだ」

「やっぱり! またあなたたちアリサをいじめてたのね!」


 アリサはザックたちを睨む。ザック以外の少年はビクッとして、身を竦ませる。

 ザックは少女をちらっと一目見たと思ったら、舌打ちをした。


「今日は帰るぞ」

「わ、わかった」


 ザックと少年たちはそう言って翻し、路地に向かう。


「あんたたち! 今度またアリサをいじめたら容赦しないんだからね!」


 背中を向けたザックたちに少女は釘を刺すが、彼らは無視して消えていった。どう考えても、言うことを聞くとは思えないな。

 ザックたちが姿を消すと、少女はアリサに駆け寄った。それからアリサを支えながら俺の方を向く。


「アリサを助けてくれてありがとね。私はルトリシア。あなたは?」

「俺はロイヴェリク家のクルトだ。よろしく」


 俺がそう言うと、ルトリシアは目を見開いた。


「ロイヴェリクって……。あなたがラルフおじさんの子どもなのね……」


 ルトリシアはしみじみとした風に俺を眺める。


「父さんの知り合いか?」


 俺が聞くと、ルトリシアは頷いた。


「おじさんから剣を習ってたときがあったの。自分でも狩りに行ってみたくて。すぐダメになっちゃったけど……」


 ルトリシアは顔を暗くする。教えてもらえなくなってしまったってことか。今、父さんがいないことと関係あるのか?


「まあ、それはいいわ。それで、クルトはなんでここに?」


 俺は首を傾げるルトリシアに説明を始めた。

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