第4話 邪神の僕

 あの後、噴水の横で寝てしまい母さんに家に運ばれたクルトです。

 「もう、どうやって家から出たのかしら……」と心配されたが、素知らぬ顔で惚けたぜ。


 あれからしばらく経ち、俺は四歳になった。魔力の訓練も続けており、以前の量の10倍を越えた。つまり、大人の魔術師の10倍ほどの魔力を得たことになる。


 四歳になった頃で、子どもとして話すこともおかしなことではなくなった。

 そこでようやく気づいた。なぜ今までみんなが話していることが理解できていたのかという疑問に。


 あまりに自然に聞こえていたために、この疑問に今まで全く気がつかなかったのだ。

 この世界の言語は俺が以前生きていたであろう日本の言語、日本語とは全く違う。


 それなのに慣れ親しんだ言語のように聞こえていた。なんだこれは。俗に言う異世界転生特典か?

 しかし、神さまに会ってそんなものを貰った記憶は無い。死んだ記憶も無いし。


 とはいえ、現に知らない言語を理解できるという異様なことが起きている。英語の成績が晩年2だった俺がここまで外国語を理解できてしまうとは……。現代日本に帰ったら英語無双かな(笑)。


 などと、脳内でふざけていても答えはでない。だが、この件は気にしておく必要はあるだろう。

 そういえば、普段の生活でこっそり身体強化を使っていたらついにバレました。怒られるかと思ったら、


「私と彼の子どもだもの、やっぱり天才ね!」


 となでなでされた。満更でもない。

 それから母さんは魔法について定期的に教えてくれるようになった。


 攻撃魔法を四歳の子どもに教えるなんてもってのほかということで、まずは『簡易治療ロウ・ヒーリング』を教わっている。

 『簡易治療』は、魔力を自分または相手の身体の修復速度を上げるために使う魔法だ。消費魔力が少ない代わりに修復面積・速度・効果、どれもたいしたものではない。


 しかし、四歳児が転んでできた擦り傷を自分で治すくらいならできる。これを最初に教えるとか、母さんは優しいなぁ。

 この魔法で身体を治すことによるデメリットはない。強いて言えば、魔力の消費だけだ。


「そうそう。上手ね」


 母さんの手を取って『簡易治療』を使う。母さんが洗い物をしてできたあかぎれに向けて発動していると、ゆっくりと皮膚が修復されていく。

 いつ見ても不思議だ。端から見たら凄い速度で皮膚が勝手に直っているようにしか見えない。逆再生のような修復具合だ。


 手が綺麗になると、母さんが頭を撫でてくれた。


「もう『簡易治療ロウ・ヒーリング』は完璧ね。今度からは別の魔法を教えましょう」


 俺はされるがままに撫でられながら頷く。


「それじゃあ、絵本読んで待っててね」

「はーい」


 母さんから絵本を受け取ると、母さんは立ち上がった。今日も外出するのだろう。

 玄関まで共に行き、母さんが出かけたのを見送ってから俺も外に出た。


 母さんはどうやら街の代表者のような立場のようで、度々外に出かけている。

 俺も何度かアレクセイの背に乗っけてもらって、噴水のある広場に行ったりしたが、そこで見かける母さんの姿はいつも忙しそうだった。


 その後、何度目かの外出がバレてから怒られ、しばらくは家の外には出られていない。

 何度も連れ出されていたのが発覚し、母さんがアレクセイに注意したのだろう。最近はアレクセイが家の前を通るときも「すまねぇな」と言って、もう連れて行ってくれなくなった。


 そのため、今のところ家の外には出られないが、もう四歳だ。庭に出るのは許されている。

 最近は庭にある小さい椅子と机で本を読むのにはまっている。この家には物があまりないが、書庫があり、本がいっぱいあったのだ。


 言葉と同じで文字も何故か読めるので、暇を潰すのにぴったりだ。

 書庫には魔法の教本も普通に置いてあり、勝手に読んで魔法を練習中だ。母さんにバレないようにしなきゃな。


「『水流(ウォーター)』」


 体内の魔力を消費し、魔法を使うと俺の手から水が流れ始めたので、持ってきていた小さなコップに注ぐ。

 これは水の初級魔法の一つ『水流(ウォーター)』だ。単純に水を生み出すだけの魔法だな。


 非常にスムーズに発動までいけていて、水魔法は問題は無さそうだ。他の属性も初級魔法なら全部簡単に習得できそうだな。

 魔法の階級は全部で6つある。初級・中級・上級・超級・龍級・神級だ。


 本を読む限り、人間の限界は超級らしい。その上に二つもあるが、それは異種族の最上級魔法士が辛うじて使えるようだ。

 属性は全部で六属性ある。火・水・土・風・光・闇の六つで、そこに属性扱いされていない無属性が追加される。


 基本的に魔法に適性がある人は、偏りはあるものの光と闇以外の全属性に適性がある。偏りというのは、水魔法だけ極めて強くて、火魔法はライター程度の炎しか出せないみたいなものだ。


 なので、使えるは使えるけど実戦では役に立たない、みたいなことは起きる。

 俺は試したかぎりでは、全属性使えるようだ。加えて、『光属性』と『闇属性』にも適性があるらしい。


 『この二つの属性は一般的には相反していて両方に適性があることはない』と本に書かれているが、何故か俺は両属性を同時に発現できる。

 この二属性は使える人が少ないらしく、専用の本が少なかったため情報がほとんど無い。


 何故両属性使えるのか。初級より上のこの二属性の魔法を知りたければ、両属性の魔法を実際に扱える人に教えて貰うしかない。

 光魔法は母さんに教えてもらっている『治療』系が当てはまるが、闇魔法については検討がついていない。


 光属性と闇属性を一緒に扱えるのが気になる……できる人はできるのか?

 だが、闇属性の使い手すら周りにいない……というか俺まだ友達一人もできてないんだった。あれ、おかしくないか?


 いや、家で本ばっかり読んでるのが悪いのか。ほとんど籠もりっきりで街には出てないから、どこに何があるかもよくわからない。


「むむっ!」


 これは良くないぞ。改善しなければ、引きこもり一直線だ。

 まずは知り合いを作ろう。できれば同い年が良い。一人と知り合えばそこから広がることもあるだろう。


 問題はどうやって同年代の子と会うかだ。

 考えながら、俺は父親が使っていたらしい藁でできた案山子に対して、風魔法を撃つ。


「『風切』」


 鋭い風の刃が回転しながら、案山子に迫り、ザッっと音を立てて表面を少し削った。

 初級魔法にしては案外威力が高い。人に軽い怪我を負わせるくらいなら簡単にできそうだ。


 正直、もっと難しい魔法を使いたい。

 ――『「**」が使えたらと考えてしまう。「**」なら既にいろいろな技が使えるが、この世界の「**」はかなり少ない。大きな術が使えないどころか、小さな術もギリギリだろう』。


 ちりつもで魔法をコツコツやるしかなさそうだ。

 ……いや、「**」って何だっけ? ――『まあいいか』。


 そういえば、話は変わるが父親はどうやらいるらしい。母さんは詳しいことは教えてくれなかったが、シングルマザーってわけではなさそう。

 とはいえ、すぐに会えるというわけでもないようで、なんか複雑なご様子。転生してすぐこの家庭環境は、俺に前世の記憶が無ければ絶対にグレていた自信がある。


 そんなことを考えながら、本を読んでいると通りの方が騒がしくなってきた。


「なんで王族がこんなところに来るのかしら」

「視察だって。いやねぇ、高貴なお方がこんなところを冷やかしに来るなんて」

「私たちにしたことを覚えていないのかしら」


 おばちゃんたちが嫌悪感を隠さない表情で話している。高貴なお方? 王族? 内街のお偉いさんでも来るのか?

 俺は本を閉じ、柵の方に向かう。


 柵を両手で掴んで、隙間から顔を出す。通りにいる人達が向いている方向を見ていると、カタンカタンと車輪の音が聞こえ始めた。

 ゆっくりと進んでいるのか、馬車の姿はなかなか見えてこない。


 しばらくして姿を現わしたのは豪奢な馬車だった。馬の体躯も良く、馬車自体の装飾も精巧で、見るからに金が掛かっていた。

 あまり綺麗じゃ無いこの街にあえてこんなに金の掛かった馬車で来るなんて、持ち主は嫌な趣味をしているようだ。


 しかし、俺にはそんなことよりも気になることがあった。

 馬車に靄が掛かって見えるのだ。それは濁った灰色をしていた。黒の絵の具を真っ白な絵画にぶちまけて、筆でぐしゃぐしゃに伸ばしたような嫌な色合いだった。靄は馬車全体に掛かっていて、その中に一つ大きな塊がある。


 一方、それに反するように輝く小さな光も見えた。その光は馬車の中で靄に負けないように輝きを強めている。

 その光は真っ白で煌々と輝いていた。持ち主の清廉さを表すかのような綺麗な色だ。


 しかし、靄の勢いが強い。これではいつか消えて飲み込まれてしまうかもしれない。

 この霧はまさか――と、俺はそれを感覚で理解した。


 ――悪しき邪神に身を売った者が一人、馬車の中にいる。

 俺は嫌悪感を隠せなかった。それほどまでに俺の五感が、その靄の先にいる人物を拒否していた。


 この感覚、以前も味わったことがある――。

 そこでようやく、『前世』のことを少し思い出した。


 俺はあの先にいるような『敵』を殺すために生まれて、そのために生きていたのだ。

 詳しいことは思い出せない。しかし、俺の第六感が叫んでいる。あれは排除しなければいけない、と。


 内から湧き出る衝動により、俺は歯を食いしばる。

 馬車が目の前を進んでいく。窓が横に付いていて、そこには一人の少女と二十代後半頃の女性が見えた。


 銀髪の少女は同年代だろうか。幼げな顔をした少女は、純粋な瞳をしていた。馬車の中から外を興味深そうに眺めている。

 しかし、金髪の女性の方、おそらくおばさんたちが言っていた王族だろう。彼女は酷く濁った目をしていた。


 それでいて目は爛々と輝いていて、何かへの強い執着を感じさせる。……酷く嫌な雰囲気だった。

 あれは……世界を自らのものにしようとする『愚か者』がたどり着く成れの果て。前世では誰かが『邪神の僕』と呼んでいた。


 傲慢の極みであり、自らを選ばれたものだと信じ切っている者の目をしている。


(あいつは……敵だ)


 何の用であの女がこの街を訪れたのかはわからないが。今のところ一瞬たりとも外を見ておらず、退屈そうに馬車の中で前を見ている。

 それに比べて娘のほうは目を輝かせ、当たりを見渡していた。彼女は俺に気づいたのか、こちらを見ると笑顔で手を振ってくる。


 それを見たときに、はっとなった。

 このままだと、あの少女は悪しきものに穢されてしまう。自らの選択権を奪われ、傀儡と化すのだ。


 そして何が幸せかわからぬままに、ただ欲望のためだけにその力を使うようになる。それは人を狂わせ、破滅を呼び起こす。

 ――『前の世界はそのせいで滅んだ。今度はお前が止めるんだ』。


 ふと、声が聞こえた。前の世界が滅んだ? 俺の知っている日本は未だ健在だ。何を言っているのかわからない……が、あの見えている靄が滅びの前触れだということはわかる。だから俺は――あの女を滅ぼさなければならない。


 だが、今の俺にその力は無い。魔法も大して使えないただのガキだ。だから少しでも、笑顔で手を振るあの娘の力になれるように、せめてもの助けをする。


 俺は魔法を使いながら、記憶を辿り――あのとき奪った『**』を発動する。


「『**:光舞』」


 母さんに教わった魔法『光舞』で、光でできた動物たちを作り出す。美しいその光の中に俺の術を混ぜる。魔法とは違う術。パレードとなった動物たちは彼女を守るため、馬車に向かっていく。


 彼女は綺麗な動物たちの踊る姿を見て目を輝かせた。

 動物たちは窓越しにしばし踊ると、ゆっくりと彼女の胸の辺りに入っていく。


 全てがあの娘の中に入り、彼女を悪から守る防壁を設置できたことがわかった。

 防壁によって、悪しきものから攻撃を受けた際に進行を遅らせてくれる。爺さんから教わった強力なものだが、あまり長く保つものではない。


 また、再びあの娘に会わなければならない。彼女の存在が、世界を守るための鍵のような感覚がしていた。

 俺はいつまでも笑顔でこちらに手を振る少女を見ながら、そう思った。

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