第四章 この恋、まだ湯煎中。

 空になった皿。

 こたつテーブルに置かれたマグカップ。

 部屋に残ったチョコレートの甘い香り。


 隣に眠る恋人の寝顔はとても満足そうで、自分の心の中もほんのりと温かくなる。


 何年経っても変わらない恋人の寝顔に、悠との出会いが思い出される。

 悠と出会ったのは、まだ大学生だったころ、友人に誘われた読書会に参加したときだった。

 



「この本って装丁がめちゃくちゃ雰囲気良くていいですよね」


 耳を疑う。


 今日の読書会は、全員で一冊の小説を読んでくるというものだった。

 誰かの日常が静かに積み重なっていくような、派手さのない内容だった。

 文章には余白が多く、読み終えて何か答えを得られるようなものではない。

 それでも、不思議とページをめくる手は止まらず、本を閉じたときには少しだけ呼吸が深くなるような本だった。


 だから、その小説の感想の第一声が、まさか装丁に関するものだと思っていなかった。

 自分が一番の新入りだと聞いていた。

 それでも、内容以外の話題が出るとは思っていなかった。

 その視点は、仁人の中には一切なかった。


 これが悠との出会い。

 そこから個人的に悠に興味を持った。

 本の内容ではなく、外見から入る悠の本に見方に最初こそ違和感を持った。

 それは、本という存在に対して失礼なのではないかとも思っていた。

 しかし、表紙から入ったとしても、きちんと最後まで作品を読んでからやってくる悠にいつの間にか好感を持っていった。




「あれ、仁人さんもう起きてるの……?」


 隣から寝ぼけた声が聞こえてくる。


「うん、さっき起きたところ」


 まだ眠そうに目をこする悠の頭を撫でる。


「あのお菓子作るために頑張ってくれてたんだよね」


うつ伏せに寝転び直した悠は、気持ちよさそうに目を細める。


「今年からは、バレンタインにお菓子渡せたらな~と思って、友達にいろいろ手伝ってもらって作ってみた」


 猫のように喉を鳴らしそうな勢いの悠をこねくり回しながら笑みをこぼす。


「バレンタイン……そうか」


 仁人は、空になった皿をもう一度見た。


「……ちゃんと、考えておくよ」

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この恋、まだ湯煎中。 守智月 茶沙 @Sasha_7

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