第2話

 金属の椅子。

 机。

 白い壁。

 窓はない。

 

 正面に、あのピンク色の髪の少女が腰掛けた。足を組み、頬杖をついている。

 

「着いたよ、自殺未遂ちゃん」


 ふざけたあだ名を訂正する気にもならなかった。


「ここ、どこですか」


欠番ミッシングナンバー


 彼女は、何でもない単語を口にするみたいに言った。


「政府の台帳に載らない人間の集まり」

「番号を与えられなかった人」

「与えられて、消された人」


 机の上に、薄い端末が置かれる。

 電源は入っているが、画面は真っ白だった。


「ここに来る人は、だいたい三種類」

「政府の実験から逃げた人」

「能力が原因で社会に居場所を失った人」

「……それから」


 彼女の視線が、私に向く。


「自分から人生を終わらせようとした人」


 胸の奥が、少しだけ軋んだ。


「能力者じゃなくても、入れるんですか」


「うん。能力は必須条件じゃない」

「ここに必要なのは、“外で生きられない理由”だけ」


 私はそれを満たしてしまっている。


 彼女は端末を指で叩いたが、画面には何も表示されないままだ。


「名前は?」


 間があった。


「……書く意味、ありますか」


「ないよ」


 即答だった。


「本名も、経歴も、戸籍も要らない」

「政府に追われてる人もいるし、存在を消された人もいる」

「全部管理したら、ここも“檻”になるでしょ?」


 笑いながら言う。

 でも、その笑顔は冗談を言っている顔じゃなかった。


「だから欠番」

「番号のない人間」

「数えられない人間」


 端末が、私の方へ押し出される。


「ここに残るなら、これに同意のサインをして」


「何に、ですか」


「これに」


 画面には、ただ一つの文章だけが表示された。


 ――欠番に属することを了承する。


「拒否権は?」


「あるよ」


「拒否したら?」


「出口まで案内する」


 さっき見た非常口が、頭をよぎる。

 その先にあるのが、変わらない世界だということも。


「ここにいれば、衣食住は保証する」

「医者もいる」

「娯楽だって多少はある」

「ろくでもないものばかりだけどね」

「その代わり」


 彼女は、少しだけ声を落とした。


「犯罪で生きることになる」

「政府に属する人間を殺す側に立つことにもなる」

「正義じゃないし、許されてもいない」


 それを“忠告”として言っているようには聞こえなかった。

 事実の読み上げだ。


「それでもいい人だけが、ここにいる」


 私は画面を見つめた。

 白地に黒い文字。


「……考える時間は」


「いらないと思うよ」


「どうしてですか?」


「ここ以外に貴方の居場所がないから。」


「,,,そうですね」

 彼女の言う通り、学校にも、家にも、きっとどこにも私は居場所を作れない。


 端末の光が、指先を照らす。


 私は、指を伸ばした。


 名前を書いた瞬間、画面が暗転する。

 サイン音も、承認表示もない。


「これで終わりですか?」


「うん。おめでとうも、歓迎も無し」


 彼女は立ち上がり、ドアに手をかける。


「今日から貴女は、欠番の一員」

「番号も、役割も、まだない」

「ただ――ここに居ていい人」


 ドアが開く。


「じゃあ、最初の挨拶に行こうか彼岸楓ちゃん」


「誰にですか?」


 彼女は、振り返らずに言った。


「貴女と同じくらい壊れてる人」


 あまりにも自然に、あっけらかんと言った。

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2026年1月10日 21:00 毎日 21:00

異能犯罪組織の構成員ちゃん dsar325 @yukkurilie0

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