第1話
...ここはどこだ?
目を開けると、白い天井が目に映る。
薬品の独特な臭いが鼻を貫く。
なんで生きているんだ?
昨日で自分のくだらない人生の幕を閉じたはずだ。
「おおっ、やっと起きたね」
部屋のドアを開け、ピンク色の髪をした私と同じくらいの女の子が入ってくる。
「体の調子はどう?」
「うちのドクターに診てもらったから大丈夫だと思うけど?」
なんと声を掛けたらよいのだろうか。
そもそも私はどういう状況なんだ?
頭に浮かんだハテナマークと格闘しているうちに、彼女が笑いながら言った。
「あはは」
「そんな難しい顔をしなくてもちゃんと説明するよ」
「何から聞きたい?」
疑問は尽きなかったが、まず一番最初に聞くべきことがある。
「私は何で生きてるんですか?」
「私が助けたから」
思わず歯を噛みしめる。
「ああ、その表情を見る限り余計なお世話だったみたいだね」
笑顔のまま、彼女がそう言った。
一呼吸おいて、疑問に思ったことを言葉にする。
「じゃあ何で助けたんですか?」
「なんでだと思う?」
自殺を止めたかった、なんていう正義感たっぷりな言葉がこの人の口から出るとは、なんとなく思えなかった。
一番可能性が高そうな理由を除外したせいで、突飛なことしか思いつかない。
「時間切れだよ、自殺未遂ちゃん」
なんだか変なあだ名をつけられてしまった。
口角を吊り上げた気持ち悪い笑顔を浮かべながら言う。
「正解は、傷の舐め合いができると思ったから」
「...どういうことですか?」
「うーん、そうだねー」
悩ましげな顔を浮かべながら彼女が言う。
「トレードといこう」
「貴女の自殺の理由を教えてくれたら、私も詳しく説明してあげるよ」
「嫌です」
「即答だね」
「自分の傷口を見せるようなことはしたくありません」
「それもそうだね」
「そもそも何でそんなこと知りたいんですか?」
「言ったでしょ?」
「傷の舐め合いがしたいんだよ」
「自殺するほどに苦しんだ貴方の傷が知りたいんだ」
「お互いの苦しみや不幸を共有して、傷を舐めあう」
「それって楽しいんですか?」
「楽しくはないよ」
「でも心が埋まるんだ」
「欠けたパズルにピースがはまるみたいにね」
――気持ちが悪い。
胸の奥が、じわりと冷える。
彼女は、私に同情でも、共感でもない。
ただ「同じような傷を持っていること」そのものを欲している目だった。
「……」
私はゆっくりと息を吐いた。
考える時間が欲しい。
この人から、少し距離を置かないといけない。
「少し、お手洗いに行ってもいいですか」
「いいよ」
即答だった。
止められなかったことが、逆に怖い。
ベッドから足を下ろす。
床は冷たく、現実感がある。
歩ける。意識もはっきりしている。
ドアを開けると、白い廊下がまっすぐ伸びていた。
病院のようで、病院じゃない。
静かすぎるし人の気配が無い。
数歩進んで、振り返る。
彼女は部屋の中にいたまま、こちらを見ている。
「逃げるなら、右じゃないよ」
心臓が跳ねた。
「……何の話ですか」
「左。非常口がある」
冗談めかした口調。
でも視線は、笑っていなかった。
私は何も言わず、走り出した。
言われた通り、左へ。
非常口の表示。
押せば開きそうな扉。
――外に出られる。
手を伸ばす。
その瞬間、背後から声が落ちてきた。
「出てもいいよ」
振り返ると、いつの間にか彼女が立っていた。
足音は、聞こえなかった。
「でもね」
扉にかけた私の手を、見つめながら言う。
「ここを出たら、もう一度死にに行くでしょ?」
喉が詰まる。
「だって、何も変わってない」
「貴女の世界も、貴女自身も」
彼女は、責めるようには言わなかった。
事実を読み上げるみたいに、淡々と。
「ここにいれば、死ななくて済む」
「外に出れば、また同じ場所に戻る」
「……選んでいいよ」
非常口のランプが、無音で点滅している。
逃げ道は、確かにそこにある。
でも――
その先にあるのは、知っている地獄だ。
私は、手を下ろした。
「……」
「ふふ」
彼女は小さく笑った。
「ほらね」
「だから私は、貴女を助けたんだ」
「貴方のような人は地獄に戻れない」
「地獄よりもマシな選択肢が見えてしまえばそれを選んでしまうから」
その笑顔が、私の心のずっと深くに笑いかけられているようで、気持ち悪かった。
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