第2章 わたし、どうしたの?

第7話 記憶の霧

黒い霧は、氷のように冷たく、それでいてヘドロのようにドロリとしていた。

雑巾を握る私の手に、霧がまとわりつく。

『……なるみ、またおばあちゃんが粗相したわよ。片付けて』

『えー、またぁ? もう、おばあちゃん、いい加減にしてよ!』

霧の中から響くのは、私の、そして母の、疲れ切った罵声だ。

現世では仕方のないことだと思っていた。だって、私たちは精一杯やっていたんだから。でも、こうして「外側」から聞かされる自分の声は、ナイフよりも鋭く私の胸を刺した。

「うるさい……。分かってる、分かってるわよ!」

私は老婆の震える腕で、必死に床(という名の虚空)を拭いた。

すると、霧の形が変わり、ひとつの光景が浮かび上がる。

それは20年前。私がまだ小学生だった頃の記憶だ。

熱を出して寝込む私を、若かりし八千代が抱きしめていた。

『なるみ、大丈夫だよ。おばあちゃんがずっと、おてて繋いでてあげるからね』

八千代の手は、今の私と同じようにシワがあったけれど、当時は魔法のように温かかった。

「……そうだ。おばあちゃん、あの時、ずっと歌を歌ってくれてた……」

私がその記憶を思い出した瞬間、黒い霧が淡い黄金色に弾けた。

「掃除魔の奥様」がポカンとして私を見ている。

「あら……綺麗になったわね。あなた、お掃除上手ねぇ」

「……ええ。おばあちゃんに、教わったんです」

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