第6話 帰還チケット代は高いよ

「ジジジバババーン」の夜は早い。

住人たちが寝静まった頃、私は食堂で一人、計算に明け暮れていた。

「ええと、1日平均50トク稼いだとして……100万トク貯まるのに何年かかるのよ!?」

「54年と少しですね。計算しましょうか?」

眼鏡神が冷たく返してくる。

「そんなに待ってたら、現世の私の体、腐っちゃうじゃない! 腐敗して骨になっちゃう!」

「ですから、効率を上げろと言っているのです。例えば……」

眼鏡神が指し示したのは、掲示板に貼られた『特別高額案件』のチラシだった。

【緊急クエスト:深淵の風呂場にて、失われた『感謝』を回収せよ】

報酬:50,000トク

「5万トク!? これよ、これ! でも、深淵の風呂場って……?」

「あなたがこちらへ来る原因となった、あの場所の概念体です。そこには、あなたが八千代さんに対して抱いていた『負の感情』と、八千代さんがあなたに抱いていた『真意』が渦巻いています」

私は唾を飲み込んだ。

あの、滑りやすくて、蒸し暑くて、絶望しかなかった浴室。

あそこに戻らなければならないのか。

その時、廊下の向こうから「韋駄天のシュン」が走ってきた。

「おい、新入りのおばあちゃん! 大変だ、庭に『黒い霧』が出たぞ! 住人の一人が飲み込まれそうだ!」

「えっ!?」

庭へ飛び出すと、そこには「掃除魔の奥様」が、何もない空間を必死に雑巾で拭きながら、黒いモヤに包まれようとしていた。

霧の中から聞こえてくるのは、聞き覚えのある声。

『もう嫌だ、なんで私ばっかり』

『早く死んでくれればいいのに』

――それは、私の声だった。

現世で、私が心の中で叫んでいた醜い本音が、この世界の怪物となって住人を襲っているのだ。

「……私の、せいだ」

「気づいたかしら?」

いつの間にか隣に立っていた蝶子が、冷ややかに笑う。

「あなたの積んだ『徳』なんて、あなたが吐き出した『毒』であっという間に相殺されるのよ。帰還チケットが欲しいなら、その毒さえも飲み込んで、掃除してみせなさい」

私は震える足を踏み出した。

老婆の、弱々しい足。

でも、今度こそ逃げちゃいけない。

「……おばあちゃん、どいて! その汚れは、私が拭くから!」

私は掃除魔の奥様から雑巾をひったくり、自分自身の「醜い声」が渦巻く黒い霧の中へと突っ込んでいった。

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