第2話 しがみつかないで!
「……う、……うう……」
鼻の奥がツンとする。プールの授業で水を飲んだ時のような、あの嫌な感覚。
(おばあちゃんは!? お母さん、助けて……!)
叫ぼうとしたのに、口から出たのは「あ……あぅ……」という情けない空気の抜ける音だけだった。
「あら、ようやく意識が戻ったかしら? 案外早かったわね」
頭上から、妙に艶っぽい、それでいて鈴を転がすような声が響いた。
重い瞼を押し上げる。
視界に飛び込んできたのは、目がチカチカするほど鮮やかな紅色の着物。そして、不自然なほど大きな、ひらひらと舞う蝶の髪飾り。
「……だ、……れ……?」
「私は『くれない蝶子』。ここでは神様なんて呼ばれているけれど、まあ、あなたの人生の清算担当係だと思ってくれていいわ」
蝶子と名乗った女性は、煙管(きせる)をくゆらせながら私を見下ろしていた。年齢不詳。絶世の美女だが、その瞳には数千年分の退屈を煮詰めたような深みがある。
私は状況を把握しようと、立ち上がろうとした。
だが、体が動かない。
いや、違う。体が「重すぎる」のだ。
「な、何これ……腕が上がらない……それに、足が……」
自分の手を見て、私は絶句した。
そこにあったのは、28歳の張りのある肌ではない。
シミだらけで、血管が浮き出し、カサカサに乾いた「老婆の手」だった。
「ひっ、ひぃぃぃ!?」
「騒がないの。急激な血圧の上昇は、この体には毒よ」
蝶子が手鏡を私の顔の前に突き出す。
そこに映っていたのは、紛れもなく、さっきまで私が介護していた祖母・八千代の姿だった。
「なんで!? 私、おばあちゃんになってる! 転生!? 嘘でしょ、普通はもっと美少女聖女とか、チート能力持ちの冒険者とかじゃないの!?」
「残念ながら、今のあなたの『徳』の貯金じゃ、それが精一杯なのよねぇ。岩音なるみさん」
蝶子は冷淡に言い放った。
「あなたは八千代さんを助けようとして一緒に溺れた。八千代さんの魂は、一足お先にあちら側へ行ったわ。でも、あなたは中途半端に徳が足りなくて、門の前で足止め。……というわけで、ちょっとした『修行』をしてもらうことになったの」
「修行……?」
「そう。認知症老人の世界――異世界『ジジジバババーン』での生活よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます