第2話
「会ってくる」
「はやっ」
メッセージを何往復かし、希望する関係性についてお互いの価値観をすり合わせたところ、良好なパートナー関係が結べそうであった。
あとは直接会って判断した方が早い。むしろこれ以上のメッセージのやり取りは非効率でしかないと思う。
「ねぇ、アンタ。そのブツブツ一人ごと言うクセだけはマジであかねちゃんの前でNGだかんね?」
「……」
小さく頷く。
これが世間から悪癖と認識されてるのは理解できる。ここは姉の言う通り、気をつけるべきだろう。
「じゃあいってくる」
「はーい。いってらっしゃーい! あ、あとほらコレいちお持ってきな!」
姉の手の平の上には四角くてギザギザがやたらついてて、真ん中に何やらちょうどサイズの輪っかが──。
「絶対必要ないが?」
「いい、修二。この世に絶対はないのよ」
クソ。言い返したいが、いつも姉に対して俺が言ってるセリフだ。ここぞとばかりにそれを使われたら引かざるを得ない。
仕方なく受け取った。
「今日俺がコレを使う可能性は0.01%もないからな」
「ちなみにそれは0.01ミリだかんね」
「「…………」」
姉のドヤ顔にうんざりしながら、無言でソレを財布にねじこみ、家をあとにした。
待ち合わせ場所は駅前のカフェだ。約束時間である14時までには30分ほどある。コーヒーを頼み、英単語でも覚えながら相手の到着を待つ。
「あのー。シュウジさんでしょうか?」
「橘さん、ですね。初めまして、天草修二です」
少しだけ驚いた。写真は加工されたものだと思ったが、むしろ写真より実物の方が顔が整っている。落ち着いた服装も相まって年上に見えるくらいだ。
「あ、と、橘あかねです。その、よろしくお願いします」
橘さんは深々と頭を下げて挨拶をしてくる。それに倣い俺もお辞儀を返した。
「よろしくお願いします」
「じゃあ、えぇと、席、失礼します」
「橘さん? 面接じゃないんだからそんな緊張しなくてもいいと思うんだけど?」
声は震えており、座った背筋はピンと伸びている。こっちまで緊張が伝わってきそうだ。
「えと、私こういうの初めてで。その、どうしたらいいか分からなくて……」
「あー、そうなんだ。まぁ俺もアプリ登録したの今週だし、マッチングするのも橘さんが初めてだから」
まぁ、それを伝えたところで何になるのか、とも思うが、一応状況的にはイーブンであることを伝えてみる。
「そう、なんですね? すごく落ち着いているし、その、カッコいいから初めてじゃないと思ってました」
「いや、それを言うなら橘さんの方こそ、見た目が整っていると思う」
俺の言葉に一瞬目をぱちくりとする橘さん。どうしたのだろうか。
「あ、いえ、ありがとうございます。いや、プロフィールこんなですし、恋愛しない宣言とかしてると結構気持ち悪がられて……」
分かる。今の世の中じゃ、恋愛しない宣言をすると異常者扱いだ。それにももう慣れたが。
「一応確認なんだが、橘さんは学費の減免と、奨学金のために恋愛関係を抜きにしたパートナーを作りたい、ってことで合ってるか?」
「はい。なので、社会人になってちゃんとした給料を頂くまでは恋愛するつもりがなくて……」
「なるほど。俺の方はメッセージにも書いた通り、パートナーブレスレットが欲しい。それをしているだけで恋愛対象から外れるから」
そう言うと、橘さんがジッとこちらを見つめてくる。
「失礼ですが、本当にそれだけですか?」
「もちろん、何かと優遇される恩恵はありがたいけど、高校生活において周りから余計なことを言われるストレスがなくなることが一番ありがたい」
本心からそう語る。中学を卒業し、マイナマッチの対象となってから日々、切実にあのブレスレットが欲しくてたまらない。
「エ、エッチなことしませんよ?」
「は?」
今なんて言った? 昼間のカフェにあるまじき言葉が飛び出たような……。
それから橘さんはもう一度、周りに聞こえないように小声で囁いた。
「だから、その、パートナーになってもエ、エッチなことはNGだけど、大丈夫ですかって聞いてます」
白く柔らかそうな頬が赤く染まる。姉あたりが見たら『可愛いぃ!』とか言って抱きつくんだろうなと容易に想像ができる。
「指一本触れないと約束しよう」
「……ありがとうございます」
嘘偽りのない言葉を伝える。しばらくじっと見つめ合うと、一つ頷かれる。どうやら信じてもらえたらしい。
「じゃあパートナー成立ということでいいか?」
「えと、しばらくパートナー候補として過ごして、お互い問題なくやっていけそうだったらで大丈夫ですか?」
「あぁ、了解だ」
「良かった。それじゃ、よろしくお願いします。あ、呼び方はどうすれば……」
呼び方。別に恋人ではないのだから親しげに呼び合う必要もない。
「いや、別になんでもいいよ。橘さんの呼びたいように呼んでくれていい。天草でも修二でも」
「……じゃあ修二くんで」
「あぁ、それでいい。じゃあ問題がなければしばらくパートナー候補としてよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
指一本触れないと言った以上握手も交わさない。お互い小さくお辞儀をするだけだ。
「……コーヒー代くらいは俺が出すよ」
「え、いや大丈夫です! パートナーになる以上、対等にいきましょう。自分の分は自分で出します」
「いや、ほらココ」
俺はマイナマッチのプロフ画面の一部を指差す。『初回デートは男性が奢る』にチェックがついていた。もちろん姉の仕業だ。
「パートナーとして恋愛感情は持ち合わせてはいないけど、せめて嘘のない関係でありたい。嘘つきにしないでもらえると助かるんだけど?」
「うぅー。わ、分かりました。でも次からは割り勘でお願いします!」
それはどうだろうか。なんか姉にギャーギャー言われそうなのでハッキリと頷くことはしないで濁しておく。
「じゃあ、出ようか」
「はい」
そして伝票をレジまで持っていき、サイフを取り出した時、0.01%の悲劇は起きた。カサリと落ちるギザギザのナニカ。表面には0.01mmの文字が輝いている。
「…………コレ、ナニ、カナ?」
橘さんの目から温度が消え失せた瞬間であった。
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