初恋は雨宿りから

ツバメ・キタル

初恋は雨宿りから

 晴れてるのに雨さんが降る、いわゆる天気雨のことを、人間は「狐の嫁入り」ちゅうねんて。

 狐に化かされてるみたいやからとか、嫁入りを人間に見られへんように隠すためとか、言われてるけど、ほんまはな、ちゃうねん。


「うわ、嘘やん、雨かいな!晴れてるのにな!?あかん、あかん、本が濡れてまう!」


 時々、おやしろの前を通りはる、ぎょうさん荷物抱えた書生さん。

 あの人と話してみたい、うちがおもたら、雨さん降るんや。ほんまやで。

 荷物濡らさへんように、しっかり抱えて、朱色の鳥居くぐって、境内に駆け込んで、お社に拝礼。

「こんな立派な神社で雨宿りさせてもろて、すんませんなぁ」

 律義やな。そない立派でもあらへんで。

 お世話してくれはる人もいいひんし。

 手水ちょうずも出てへんし、床もきしむし、雨漏りもしてる。

 書生さん、ひさしの下、階段の隅に荷物置いて、手持ち無沙汰そうな顔してはる。


 おさんが雨粒に跳ね返ってきらきら、綺麗やろ?

 嬉し涙みたいやろ?


 ほな、うちも、緋色の振袖にぽっくり下駄履いて、お隣座ってええやろか?

 紅花の口紅に撫子のかんざし挿して、お話してもええやろか?


「自分も雨宿りかいな?」


 うちに気づいて、書生さんは、わろうてくれはった。

 お日さんみたいな笑顔やな。

 心の臓が、とことこ、いうてる。

 とことこ、とことこ。

 何やろな、このとことこ。

 お隣、あかんな。書生さんに、聞こえてまう。

 向かい合ってるほうが、落ち着くわ。

 

「雨、全然、止まへんな」


 そらそうや。うちが降らしてるさかい。


「腹減ったな。自分、何も持ってへんやろ?俺の弁当、分けたるわ」


 おいなりさんやんか!

 うちの大好物、知ってはったん?

 このお揚げさん、えらい美味しいわ。


「お、やっと雨止んで来た。良かった、良かった。間に合いそうや」


 引き留めるのも悪いさかい、小雨にしたる。

 おいなりさんのお礼や。


「そろそろ行くわ。雨宿りさせてもろて、おおきに、お狐様きつねさま


 ふぇ?


「尻尾見えてるで」


 ふぎゃ!

 いつからや!ああ、恥ずかし!

 知らへんふりして、いけず!

 尻尾掴んで、縮こまる。

 とことこが大きなって、頬が熱くなる。


「怒らんといてや。しっかし、一人でここ護ってるんやなぁ。小さいのに偉いやんか」


 うち、あんさんよりずっと年上やで。

 そないな褒め言葉は、こそばいわ。

 せやけどや。

 頭なでなでしてくれはったらな……あかん、高望みしたらあかんな。


「ほな、またな。風邪引かんように」


 からころ賑やかな下駄の音が、石畳の水溜まりを跳ね散らかして遠ざかる。

 苔で滑らんといてな。


 また雨さん降らしたら、来てくれはるやろか。

 雨さん降らせんでも、足止めてくれはったらな。

 お日さんの笑顔、見せてくれはったらな。

 いっつも台座の上でじっとしてるさかい、そないなご褒美あっても、ええやんな?

 

 苔むした台座によじ登って、尻尾を立てて、背筋を伸ばす。

 向かいの台座に、相方はおらへん。雷さんが鳴りはる日に、消えてもうた。もう随分、昔の話や。

 せやから、ほんまは雨さんも雷さんも嫌やねん。

 お日さん出てくれはる時しか、雨さん降らされへんねん。


 なんでこない、書生さんのこと、気になるんやろな。

 うちの相方に、似てはるからやろか?


 思い出したらまた、とことこが始まる。

 このとことこは、誰にも内緒やな。

 うちにも、この正体は分からへん。


  ◆◇◆


 ひなびた稲荷神社の白狐像は、今日も静かに陽だまりに佇む。

 その頬が色づいて見えたのは、鳥居のあかが照り映えたのか、それとも――。


〈了〉

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