春の七草と爪切りとペガサスと

藤泉都理

春の七草と爪切りとペガサスと






「なんで逃げるんだよっ!? 瑠流るるっ!!」

「追いかけて来ないでください。一色いっしきさん。私の蹄を手入れする必要はありません」

「あっ!!!」


 冬休みが終わって二週間ぶりに寮に戻って来た十歳の魔法使い学生の少年、一色は、純白の両翼を華麗に羽ばたかせて天空へと飛翔していったペガサスを、けれど、諦める事なく追い続けた。






 寮のある魔法使い学校に入学した十歳の少年、一色は魔法力が強大だったので、魔法動物の授業で先生から手渡された魔法動物の卵を、抱っこひもとおんぶ紐を駆使して四六時中温めて、通常ならば三週間はかかるところを、一週間という短い期間で孵らせたのである。

 無事に孵ったペガサスはあれよあれよという間に成長。

 一色に瑠流と名付けられたペガサスはたったの二週間で成獣となったので、他の魔法動物よりも早く意思疎通を図る事が可能になったはいいものの、通常ならば親代わりになるはずの一色が瑠流に手助けされる事が多々あり、同級生からは親子逆転の関係だと笑われる事もあったが、一色はまったくその通りだと至極真面目な顔で受け入れつつ、二年生になったら瑠流に頼られる相棒になるんだと言い続けていたのである。






「あのねっ! 冬休みにね。おばさんに聞いたんだっ! 春の七草を浸した水に爪、瑠流の場合は蹄をつけてさっ! 蹄をやわらかくして切るとその年は風邪をひかないんだって。ぼく、おばさんから春の七草をもらったんだっ! 本当は学校の野原で見つけたかったけど、ぼく、ぜんぶ覚えきれなくて。来年は自分で集めるからっ!」

「春の七草は魔法薬で使いますから是非覚えてください」

「うんっ!」

「では、今から私と共に春の七草集めに行きましょうか」

「うんっ! 瑠流の蹄の手入れをしてからねっ!」


 瑠流は一色が手の届かない高さで、かつ、姿が見えて声の届く高さで飛翔しながら、蹄の手入れを一色の頭の中から追い出そうとしたのだが、叶わなかった。


(一色さんは大体新しい話題が出たら前の話題はすっきり忘れるのですが。今回はよほど私の蹄の手入れをしたいようですね。蹄の手入れなど適度に運動していれば不要なのです。そもそも半年に一回、専門医の健康診断を受けていますし。いくら私の相棒と言えども、私は私の蹄を触られたくはないのですよ。専門医にだって、蹴りたい衝動を必死に抑えているぐらい嫌なのですよ。だって、触られたら、ぞわぞわするのですもの。嫌です。断固拒否です。そう、素直に言えばいいのですよね。けれど、私に弱点がある事を一色さんに知られたくないのです。一色さんにとって私は完璧な存在でなければならないのです。一色さんを守り続けるために。ですので、致し方ありません。一色さんが忘れるまで、逃げの一手を取り続けましょう。私。捉えられてはいけませんよ。絆されてはいけませんよ。特に、)


「ぼく、瑠流に風邪をひいてほしくないんだよ」

「っ」


(絆されてはいけません絆されてはいけません絆されてはいけませんあの、)


 へにゃりと、

 眉尻を下げて瞳を潤わせて若干声音を震わせた一色を見た瑠流は一度、一色の視界に入らない高さまで急上昇しては、一気に急下降。やわらかく草地に着地して純白の翼を華麗に畳んだのち、一色に蹄の手入れは不要なのですが、一色の成長のために致し方なく蹄の手入れをさせてあげますと凛とした声音で言った。


「瑠流っ! ありがとうっ!」

「本当に不要なのですよ。適度にあらゆる地面を駆け走っていれば蹄は自然と手入れされるものなのです。わざわざ蹄の手入れをするなど、甘えに甘え切っている事と同然なのです」

「うん。ぼく、瑠流にめいっぱい甘えてもらいたいからいいんだ。ぼくがいっつも瑠流にめいっぱい甘えているもん」

「………貴方は甘え過ぎです。甘え過ぎはよくないのですよ」

「うん。気を付けるよ」

「まったく。本当に分かっているのか分かったものじゃありません」


 どこから取り出したのか。

 お湯を注いだ盥の中に乾燥させた春の七草を浸した一色は、少し待ってねと瑠流に満面の笑顔で言った。


(………私ももっとしっかりしなければなりません。甘えさせ過ぎてはいけません。けれど。今回は。私を心配しての事なので。ええ。致し方ありませんよね)


 ぞわぞわぞわぞわぞわわわわ。

 春の七草入りの温くなった水の中に浸している蹄を一色に優しく揉まれては、瑠流の指導の下、水の中から出して蹄専用の蹄切りで蹄の手入れを丁寧にされている最中、私は完璧です私は完璧ですと、瑠流は内心でひたすら唱え続けたのであった。


「………決めました。この一年間で人化の魔法を取得して、私も来年は一色に同じ事をしてあげますよ」

「うん!」

「………まったく。本当に貴方は、」


 とても嬉しそうな笑顔を見た瑠流は微苦笑を浮かべながら、ですから目が離せないのですよと呟いたのであった。











(2026.1.7)




(参考文献 : 『今日は何の日 一月七日』「爪切りの日(新年になって初めて爪を切る日。七種を浸した水につけ、柔かくして切ると、その年は風邪をひかないと言われている)(https://www.nnh.to/01/07.html)



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春の七草と爪切りとペガサスと 藤泉都理 @fujitori

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