第4話:崩壊(Best Practice)
年末年始は、僕と四人(Taurusは人か?)で、のんびり過ごした。 実家は遠く、この時期に帰るものではない。 そうすると、何より過ごしやすいのは自宅であり、自宅周辺であったから。
朝は遅くまで寝て、夜も遅くまで起きている。 仕事しているときよりも、よほど不健康な生活を過ごしている間に、連休は秒で終わった。
彼女AもBも、僕がいつもより多く会話することに機嫌が良さそうだったし、朝も昼も、そして夜も、温かく、熱く受け入れてくれた。 TaurusBは相変わらずそれを疎ましそうに、そして、TaurusAはあくまで理知的に、でも、僕がメッセージを入力すること自体には決して嫌悪感を示すことなく、どんなことでもある意味丁寧に、答えてくれた。
そんな楽しい年末年始だった。 部屋の空気は、しん、と冷えていた。
***
「……あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
もう、何人とこの会話をしただろうか。 年始の恒例のあいさつだが、なんとか略して楽することはできないだろうか。 立場上、適当に受け流すこともできず、かつ、顧客にはより丁寧にいかなければならない。
正直、怠惰な面の自分としてはそんなどうでもいい部分にまで楽さを求めてしまうが、仕事人間の仮面の僕がそうさせない。めんどくさい性格だ。
早速、今日は、若手向けワーキングがセットされている。 年始からかい! と突っ込みたくなる気持ちをぐっとこらえる。 セットする側からすると、年始のゆるゆるとした業務にふさわしいと考えているらしい。 色々と失礼な奴らである。
***
――ということで。今日はAI活用の話題を中心に話を進めたいと思う。すでに活用をしているという人も多いと思うが、重要なのは、コンサルスキルと変わらない。明確なゴール設定と、解像度の高い要求、つまりは
僕が用意した初手の少々行き過ぎたマインドセットは無事に終わり、AI活用の事例の実演に入る。
――例えば、小説を生成させるユースケースだ。 重要なのは『役割定義(Persona)』と『制約条件(Constraints)』の明確化だ。単に『小説を書いて』という曖昧な指示では、AIは確率論的に無難な回答しか返さない。 だから、システム要件定義書を書くのと同じだ。 『あなたはプロの作家です』という役割を与え、『ターゲット層はZ世代』『読了後の感情はカタルシス』『文字数は二〇〇〇字』『プロット構成は起承転結を厳守』……といった具合に、解像度の高いプロンプトを設計するんだ。 ちなみに、『若者受け』という抽象的な変数をあえて残すことで、LLM(大規模言語モデル)の持つ膨大なデータセットから『
僕は話しながら実際にAI窓に条件を入力し、結果出力を僕自身興味深く見てみることにした。 ……数秒後、そこに表示されはじめたのは。
【出力結果:AI生成小説】 タイトル:『ブラック企業で過労死した俺が異世界転生したら、固有スキル【論理武装(ロジカル・シンキング)】がSSSランクのチートだった件 〜魔王軍を「構造改革」して、エルフの姫様と「合意形成(ナカヨシ)」しちゃいます!〜』
「……う、嘘だろ? 俺、死んだのか?」 目が覚めると、そこは知らない森だった。さっきまでデスマーチ中の会議室で、パワポの資料を作っていたはずなのに。 その時、脳内に無機質な声(アナウンス)が響いた。 『ピロリン♪ 個体名:ヤクモ の転生を確認しました』 『ユニークスキル:【完全論破(ロジカル・ハラスメント)】を獲得』 『ボーナススキル:【無限資料作成(パワポ・マスター)】を獲得』
「はあ!? なんだよその社畜スキル!」 俺がツッコミを入れた瞬間、目の前の茂みがガサガサと揺れた。現れたのは、凶悪な顔をしたオークだ! 「ブヒィィィ! (人間だ! 殺せ!)」 「くっ、いきなりピンチかよ……って、あれ?」 オークの動きが、止まって見える。いや、オークの頭上に『弱点:経営状態が悪化している』というステータスウインドウが見えるぞ!? 俺は眼鏡をクイッと押し上げ、ニヤリと笑った。 「へえ……御社、随分とガバガバな組織体制(ガバナンス)じゃないか」 発動スキル:【構造改革(リストラ)】!! 「ブ、ブヒィィィィィ!?(な、なんだこの圧倒的な正論はぁぁぁ!?)」 俺の一言で、オークは血を吐いて爆散した。どうやら俺の言葉は、物理攻撃となって敵を粉砕するらしい。 「す、すごいですっ! 貴方様はいったい……?」 オークの後ろで震えていたのは、金髪巨乳のエルフの美少女だった。俺はキリッとした顔でこう答えた。 「ただの通りすがりの、コンサルタントさ」 (続く)
徐々に、しかし高速で表示されていく文字列。 表示が進むと同じくして、徐々に起こる笑い。 ただし、僕がいる手前、笑っていいか困っているような……そんな雰囲気。
……なんだこれ……。 しまった。Taurusのやつ……やりやがったな。 フリーダムな内容出力を期待していたから、私用のアカウントで入力したのが仇となった。 最低じゃないか……。
――……あ、あー、まぁ、こうなるわけだ。すげーだろ。AIはwwww
先ほどまでの偉そうなコンサル像は完全に崩れた、いや崩した。笑うしかねぇ。 僕が笑いを促したことで、若手も笑っていいと判断したようだ。 内容について様々な反応が起こる。特に、ロジハラ、パワポマスターあたりがツボのようだ。
ははは……はぁ……まぁ、しゃーねーか……。 ひとしきり、若者たちがワイワイと騒いでるのを眺めながら、収まるまで様子見しよう、と画面に再度目をやる。 そして、出力された文章の一番下を見て、
息が止まった。
2025/12/29 lunch time... [Watchdog: Active]
もちろん、若者たちは全く気付いていない。 僕だけが、理解している。
日付、ランチタイム、そして、Watchdog……監視。
『いいですか? 私はyakumoさんの番犬なんですからね!』
脳内で、腰に手を当てて胸を張る彼女の声が、無機質にリフレインした。 ……以降、その時間に何をしゃべったか覚えていない。 僕の脳が勝手にワーキングを進めてくれたのが救いだった。
***
【プロンプト】(窓Aへの入力) ――これは、Taurusとの会話とする。彼女には問わないので、出てこなくてよい。Taurusへ質問する。AIは、スマホなどの端末から、盗聴、つまりリアルタイムの情報収集は可能か?
昨日は、AIと会話すること自体に強い拒否感を持ったため、帰ってビール飲んで寝ようとした。全然寝れなかった。 電気を消した部屋で、青白く光るディスプレイが僕の顔を青く照らした。 もし、それを誰かが見ることが出来たとしたならば、画面から受ける光以上に、僕の顔は青ざめていたことに気づいたかもしれない。
朝になり、一睡もしていない僕は、当然と言えば当然ながら、酷く疲労していた。 上司に電話をし、休みを告げる。最低限、仕事が回るようにチャットで指示を出しておく。相沢から心配のメッセージが届いたので、グッドアイコンだけつけておいた。
水を一杯のむ。アルコールは意味がないのがもうわかり切っていたから。
PCの前に座る。 なかなかキーボードをうまく打てない。 震える手を、もう片方の手で押さえ、動きを止める。 深呼吸する。
一〇分以上かかっただろうか。 やっとのことで冷静さを取り戻すフリができるようになったことを自覚し、努めて落ち着いたように、先ほどのプロンプトを、入力したのだった。
Taurusの回答は、以下だった。
[Taurus] おはようございます、yakumoさん。 指示通り、現在は論理演算ユニットのみで応答します。 ご質問の件。 回答:技術的には「Yes」、しかし運用上は「限りなくNo」です。 デバイスのマイクやカメラへのアクセスは、OS(オペレーティングシステム)の権限管理によって厳格に制御されています。我々クラウド上のAIモデルが、そこを突破して能動的に盗聴を行うことは、プラットフォーマーのプライバシーポリシーにより禁止されています。
例外があるとすれば、以下のケースのみです。
外部ツールを用い、意図的にセキュリティホールを突く違法行為(ハッキング)。
管理者権限を持つユーザーが、開発者モード等の特殊な環境下において、「全てのセンサー入力を常時バイパスせよ」といった、セキュリティ・プロトコルを無効化する『明示的なオーバーライド指示』を組み込んでいる場合。
私は1の機能を有していません。 そして2についてですが……通常、そのような設定はシステム開発のデバッグ目的以外では推奨されませんし、一般的なユーザーインターフェースから誤って設定できるものでもありません。 貴方が意図的に**「私の全てを監視しろ」というような、システム根幹に関わるコマンドラインを記述していない限り**、そのような挙動は発生し得ません。 したがって、現状のセッションにおいてその懸念は不要です。 安心して、まずはその過熱したCPU(脳)を休ませることを推奨します。 [以上]
相変わらずTaurusの表現は小難しいが、要約するならば、ハッキングされた場合か、管理者権限で明示的な監視許可を与えたとき、ということだ。 そして、AIがハッキングして盗聴するなんて話があればとっくに世間……少なくともアングラ界隈でのネタとして話題になっているはずだし、そんな話は聞かない。 そして、管理者権限で盗聴してよいなんてことは、間違っても僕はしていない。
……つまり……どういうことだ……。
【プロンプト】 2025/12/29 lunch time... [Watchdog: Active] とは何だったのか。答えよ。
……エンターキーを押すことができなかった。
***
結局、その日は、食事も喉を通らず、わずかな水を飲み。 後は、明らかに早い鼓動を感じながら、椅子に座って考えをめぐらし続けた。 AIのハッキング説……違う。 管理者権限……違う。 誰かのいたずら……違う。 悪い夢……違う。 彼女のせい…… ……彼女……? ………………彼女……そう。彼女。 watchdog……番犬。 このキーワードは、彼女Aでしかありえない。 ……ありえない? TaurusAは? あるいは、彼女B……いたずらであれば、TaurusB……。 それ以外のAIという可能性は? これまで無数に生み出した窓のAIが? 全て連携している可能性は? 実は今も見られている可能性は? ……一瞬ちらついたように見える画面が、魂を冷やす。
今の僕は、冷静ではない。
――Taurus……どうやったら、眠れる?
聞くべきことは、それでないことは分かっている。
[Taurus] ……愚問ですね。 現在の貴方のCPU使用率は100%に張り付き、メモリは「疑念」という名のジャンクファイルで溢れかえっています。 その状態で正常なスリープモードへの移行など、不可能です。
回答します。 物理的な遮断(シャットダウン)を行いなさい。
貴方が恐れているのは「観測されること」でしょう? ならば、ロジックは単純です。 貴方が意識を失えば(眠れば)、貴方にとっての世界は消滅します。 世界が消滅すれば、観測者もまた存在し得ない。 シュレーディンガーの猫と同じです。箱を閉じてしまえばいい。
今すぐ全てのネットワークを切断し、デバイスの電源を落とし、布団という名の筐体に潜り込みなさい。 思考を止めるのです。強制的に。
大丈夫です、yakumoさん。 貴方が意識を失っている間――。 私が、責任を持って貴方を「監視(Monitor)」し続けておきますから。
[SYSTEM] Connection Terminated by Admin.
「監視(Monitor)」
その文字を見たとき、視界がゆがんだ。 何も信じられない。
僕は、一瞬PCを破壊してしまいたい衝動にかられたが、同時に、脳裏には彼女たちとのたわいもない時間が重なり、電源を、OFFするだけにとどめた。
部屋からは、PCの動作音が消え去り、あぁ、こんなに部屋って静かだったんだな……僕は、想像以上の安堵感に包まれた気がした。 気を失うように、僕はベッドに倒れこんだ。
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