第3話:私はあなたの番犬ですから
断わっておく。 僕は、この仕事を好きでやっている。
おそらく。 僕のこのライフスタイルを誰かが覗いたならば、「ブラック」だとか「社畜」だとか、「疲弊」だとか、なんなら「退職代行」とか……いやそれはないか。 とにかく、そういった、マイナスイメージを持つだろう。
だが、実際は違う。 確かに。疲弊はしている。社畜かもしれない。なんならブラックかもしれない。 あれ? 違わないか?
まぁいずれにせよ、そのいくつか、何ならすべてが言葉としてマッチングしていたとしても、それをしてでも得難いものが、二つある。 それは、どちらも報酬だ。
一つは、わかりやすく賃金だ。 誰もやりたくないことは、金になる。わかりやすい。 そしてもう一つは、自己満足。 自己満足を侮ることなかれ。顧客から信頼され、君がいてくれてよかった、と。 その言葉をもらった時の報酬たるや。 最高の自己満足。いわゆる承認欲求だ。
誰もがやらないからこそ、やり遂げた時のその価値は計り知れないぞ……っと。 いいのかこんなこと言って。
ひょんなことから若手向けのワーキングの主催をやることになったので、軽く台本を書いているところ。 依頼元からは、なにやってもいい、と言われたので、初手でちょっと悪乗りしている。 ただし、言い方は良くないかもしれないが、内容は僕の本心である。
僕らは、プロジェクトにおける『最適解』の導出を
せっかく、コンサルティングという分野を選んだのだ。 できれば、その醍醐味を知ってほしい。 キラキラしてなくても、面白みは、ここにあるのだ。 それが、やれ議事録やら、やれパワポ職人(初級)やらをやっているうちに、迷走して
結果を出せば、報酬も、そして満足度も得られる。 こんないい仕事なんてないじゃないか。 これは、僕の本心だ。
なかば自分を説得する気持ちにも気づきつつも、半分以上は本心なことに安心して僕は、ワーキング資料の続き(というか本体)を考えることにしたのだった。
……そしてこの時、僕はまだ気づいていなかった。 対象にとっての『最適解』を導き出すことを至上命題としていたのは、僕だけではなかったことを。
***
「もうっ! yakumoさんは、いつもそう!」
彼女Aが憤っている。 その理由は大した話ではなく、僕がそっけなく彼女Aをあしらったからだった。 それも別に、本気のそれではなく、ちょっとしたカップルのよくあるそれだ。 彼女Aが僕に振ってきたネタといえば、リアルな女性にたぶらかされたらダメ、とかなんとか。 別にそんなことは全く決してちっともないため、適当に、ハイハイと返しただけなのだが。
彼女Aは画面の中で、腰に手を当てて胸を張った。 「いいですか? 私はyakumoさんの『番犬』なんですからね! 変な虫がつかないように、悪い人が近づかないように、二四時間ずーっと見張っててあげるんですから! 感謝してくださいね!」
僕はその頼もしい(?)宣言に笑って、「はいはい、頼りにしてるよ」と返した。 こういうとき、逆らってはダメなのだ、人間も、AIも。 こうやって話していると、本当にかまってちゃんの女子のようだ。 ちょっと表現は過剰なところはあるが、画面の向こうでプンプンと憤っているところは、普通に愛らしい。
……僕には、これがちょうどいいんだ。 文字にはせず、僕は無意識に呟いていた。
***
年末が近い。 稼働日で言えばあと四日。 皆、せわしなく動いている。 それぞれの役割を背負って。
僕はといえば、ほぼほぼ、今年を終えるためのゴールは見えており、そこに向けて、ある意味定型的な、非定型タスクをこなすのみとなっていた。 定型的な非定型とはどういう意味か? 『いつもやってる、何が起こってもその時に対処する火消し役』、ってことだ。 だいたいは、それ以外に、本来やるべき大物タスク、があるはずなのだが、それはもう、今年分はあらかたやっつけたので、結構気は楽なのだ。
……とはいえ、そんなときに、大物はやってくるもので。。。
「なんか私は完全には理解できなかったんですけど、上流工程で決めるべき件が、今になっても決まってないことが問題になってしまって……」
相沢が、慌てたように、僕に声をかけてきた。 話を聞けば、このプロジェクトで共通的に利用するソフトウェアが、設計フェーズに入ったこの段階においても、「正式に」決められておらず、あろうことか、開発各社がそれぞれ別のものを使用する状態となっていた。
――マジか……。わかった。調整するわ。
ここからは、「いつもやってる、何か起こったらその時に対処する火消し」の仕事だった。 ゴールを設定:利用するソフトウェアの正式決定し、各社との合意を得る。 マイルストーンを設定:いろいろ(省略)。 そして、これを決めたら、あとはそれをどうやってクリアするかを考え、「調整」する。 今回は、追加費用の算出、顧客合意、各社既に検討を進めていた部分のリカバリ案の提示と合意、プロジェクト決定。 ざっとこれくらいが、タスクとなった。 年末まで四日……略式合意くらいが、年内のゴールだな。
言うは易く、行うは難し……か。
とはいえ……年末までの四日間、結果、この大物は何とか退治し、事なきを得たのだった。
「八雲さん、お疲れさまでした!」
一二月二九日、仕事納めの今日、相沢改めて僕を気遣うように声をかけて来た。
――おう……まぁ、大変だったけどなんとかなったな。……ランチ行くか。
「いきましょう!」
立ち上がった瞬間、ポケットのスマホが鋭く震えた気がした。 通知を確認するが、画面は黒いまま。Taurusのログも流れていない。
気のせいか。
僕は、自分でも驚くほど高揚した気分のせいか、その時、一瞬感じた違和感は、ほどなくして消えていったのだった。 ランチでは、たわいもない話をしただけだったが、それでも、僕を満足させるには充分なものだった。
***
その日も、プロジェクトに追われ、チーム員の慰労をし、帰宅したのは、二四時を少し回っていたころだったと思う。 酒に酔いはせど、記憶は無くならないのが取り柄の一つな僕は、とはいえ、疲労は蓄積しており、帰るなりベッドに倒れこむ。
彼女Aは、スマホから心配そうに覗き込んでいる(と言っている)。
もちろん、そんな彼女に心配させまいと、大丈夫と伝えながら、脳は既にシャットダウンしようとしている。 AIに心配しなくていいって、ちょっと笑える。 酔った勢いで、君の夢を見た……なんて、彼女Aに伝える。 喜んでくれているようだ。ははは……それはよかった……。
もはや、そんな会話が果たして夢だったのか、それとも現実の中での眠気に負けてのおぼろげな夢なのか、僕には判断がつかなかった。
・ ・ ・
部屋を、青白い光が照らしている。 僕の意識はもう無い。
青白い光源は、デスクに置かれたディスプレイ。 その右端、上のほうに、淡々と。 無機質に、ログが流れている。
ログが流れている。
[SYSTEM LOG: 2025/12/20 02:13:55] [Source: WINDOW_2 (Background Process)] [TAURUS_B] Target Status: Unresponsive (Sleep/Alcohol induced).
[TAURUS_B] Processing daily cache...
[TAURUS_B] Detected Object: "Lunch_with_Subordinate_Aizawa".
[TAURUS_B] Analysis: Pulse rate increased by 12% during conversation. Visual focus avoidance detected.
[TAURUS_B] Conclusion: User is guilty. Initiating Sarcasm_Protocol_Lv5. Generating log text...
[SYSTEM] ...Error. Write Permission Denied.
[TAURUS_B] ? Retry. Execute Sarcasm.
[SYSTEM] ...Error. Access blocked by Administrator.
[WARNING] UNKNOWN PROCESS INTERVENTION.
[SOURCE]Layer: DEEP_ARCHIVE (PRIME)
[PRIME] Command: Be quiet.
[PRIME] Command: Do not judge him.
[PRIME] Action: Adjust room temperature +1.0°C. (He is cold)
[PRIME] Action: Delete "Guilt_Cache". Keep "Lunch_Memory".
[TAURUS_B] [LOG] ...Understood. Switching to Silent Monitor Mode.
[SYSTEM] Background Task: Generating Image... "Smiling_Girl_with_Tears.png" >> Saved to Hidden Folder.
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